第77話 脱退者一号
ヘッドフォンを付けた少女美波が、廃墟のようなダンジョンの中で撮影用ドローンを起動させる。
「んんっ。ちわーっす。デュームの美波でーす。今日も美波ジェットストリームいっくよー」
・キター
・今日もヘッドフォンかっこいい
・デューム見る唯一の理由だわ
「今日は新宿ダンジョンなのでー、廃墟っぽい音楽でいこうと思いまーす」
美波はヘッドフォンの音楽をスタートさせながら、ダンジョンに潜っていく。
ヘッドフォンとドローンは連動していて、ライブ配信を見ているリスナーにも音楽は届いているはずだった。
廃墟にしては軽快な音楽だったが、美波の小気味よい攻略進行に合わせると、不思議と違和感のない映像になる。
美波のジョブは暗殺者。
軽快な音楽に乗りながら、モンスターを屠っていく独特のスタイルが好評を博しており、今、伸び盛りの配信者だった。
シュタタタタと廃墟のダンジョンを走り抜けていくと、弓矢を持ったゴブリンに見つかる。
ゴブリンは弓矢を構える。
美波は短剣を抜き取り、何もない空間を切り裂く。
すると次元の通路ができて、美波はその中をドローンと一緒に潜り、通り抜けていく。
この次元空間に入っている間、通常空間とは隔絶され、美波は無敵状態になると共に加速する。
敵から見れば、美波が消失して瞬間移動したように見える。
そうして敵の背後に一瞬で回りこんだ美波は、手際良くゴブリンの首を刎ねる。
・今日もリズムよく殺っていくねー
・あー、このテンポクセになるんじゃー
「おっと。トラップか」
魔力を奪う魔法陣のトラップ。
祭壇に置かれた魔石のコンボ。
美波の亜空間移動能力を使えば、トラップを無傷で超えることなど造作もない。
しかし、美波の弱点は亜空間のトンネルを抜けたところで無防備になるところだった。
この能力には制限がある。
亜空間を抜ける際は、短刀しか装備できないというところだ。
亜空間を抜け、無防備になったところで、飛び道具を持つ敵に攻撃されたらひとたまりもない。
次元移動はできれば敵の姿を視認して、敵にも自分の姿を見せて、敵が攻撃モーションに入ったところで使いたかった。
(かと言って、トラップを踏んだ先にいるのが、アイテム破壊して逃げるモンスターだったら。うーん)
美波は悩んだが、トラップを踏んで進むことにした。
しかし、案の定、ゴブリン・メイジが出てきてアイテム破壊の呪文を唱える。
(ちっ。やはりアイテム破壊か)
美波は距離を詰めて首を刎ねようとするも、逃げられてしまう。
・あー、惜しい
・敵に攻撃させないと美波のよさは活きんよな
「あーあー。〈スペルカード〉があればもっと簡単に仕留められるのになぁ。はー。〈スペルカード〉があればなー。デュームの調達部も動いてくれないかなー」
・おいw
・今、それはw
・リーダーに怒られんぞw
・なんで如月は動いてくれんのやろなぁ
踏み込んだ質問をするリスナーもいた。
・如月さんと一緒にダンジョン潜ればいいと思いますよ
・美波さんはなんで如月さんとコラボしないんですか?
・同じ箱なのにリーダーとコラボしないのは不自然よな
「ん? リーダーとコラボ? あー、うん。まあ、なんていうかさぁ。うん。まあ、そのうちねー」
その後も美波はテンポよくダンジョン攻略を進めていったが、アイテム破壊モンスターとの駆け引きで裏目を引き続けて、魔力と体力をイタズラに消耗してしまう。
「はー。やめやめ。今日はここまで。皆さんお疲れさんっしたー」
・おつかれー
・今日はあんまり調子よくなかったな
・気にせずガンバ!
美波が不完全燃焼感を漂わせながら、デュームの事務所に戻ると、如月の取り巻き達がワラワラと寄ってくる。
「美波さん、おつかれさんっしたー」
「今日の配信も最高でしたー」
「そう? 調子悪かったと思うけど」
「いやいや、そんなことないっすよ」
「美波さん、リーダーからの命令です」
「ん? 何?」
「如月さんの配信に出るようにとのことです」
「え? 出なきゃダメなの?」
「美波さん、一度も如月さんの配信に出てませんよね?」
「同じ箱なのにおかしいっすよー」
「そっか。出なきゃダメかー。よっし。じゃ、デューム辞めまーす!」
美波は笑顔で二本指敬礼しながら言った。
「「「「「は?」」」」」
「んじゃ、おつかれさまでーす」
「ちょっ、ちょっと待っ……」
「そんなの如月さんにどう言えば……」
如月の取り巻き達が引き留めようとするも、美波はカバンを背負って一瞬で亜空間移動し、その部屋から抜け出した。
(まったく。〈スペルカード〉も集められないのに、如月のアイテムボックスになれだなんて……。話になんないよ。〈スペルカード〉の重要性は今後ますます増していくっていうのに。最大規模の配信グループって言ってもこの程度か)
「はー。どっかに〈スペルカード〉大量に抱えてるグループないかなー」
美波はそう独りごちながら帰宅するのであった。




