第73話 憂鬱の理由
悟は静林学園の校門前まで来ていた。
(ここが静林学園か)
ちょうど放課後になったようで校門からゾロゾロと生徒達が出てくる。
少し待っていると、目当ての人物、霧崎こよみが一人で歩いてくるのが見えた。
「こんにちは。霧崎こよみさんだよね?」
悟が声をかけると、こよみは気怠げな目でこちらを見てくる。
「いきなり声をかけてごめんね。僕はこういう者なんだけれど」
悟が名刺を渡すとこよみは繁々とそれを眺める。
「ダンジョン配信の……プロデューサー」
「C・エクスプローラーっていうグループ知ってる? そこの新規メンバーを今、募集していて。ぜひ君のことを……」
「お断りします。では」
「ちょっ、ちょっと」
悟は慌ててこよみを追いかける。
「話だけでも聞いてくれないかな」
「すみません。急いでいるので」
「〈スペルカード〉」
こよみの足がピタッと止まる。
「配信見させてもらったよ。〈スペルカード〉の使い方、知りたくない?」
こよみは振り返ってジッと悟の顔を見る。
(〈スペルカード〉。今季のダンジョン配信で鍵になると言われてるアイテム。ダンジョンで使ってみてもイマイチ何が凄いのか分からなかったけど。この人は使い方を知ってるの?)
「その様子だとやっぱり〈スペルカード〉が重要だっていうのは知ってるみたいだね」
悟がそう言うと興味を示すものの、それも一瞬で再び警戒感を強める。
「あなたの力を借りるつもりはありません。だいたい私が過去に何したか知ってるんですか? 私が起こした事件のこと知ったら、どの道スカウトなんてできなくなると思いますよ」
「デュームとのこと?」
「!?」
「調べさせてもらったよ。君もデュームと過去に一悶着あったみたいだね」
「君も? それって……」
「僕達も今、彼らと対立してるんだ。だから君をスカウトってわけじゃないけど」
(デュームと対立? なんでこの人こんな平気そうなの?)
「それはそうと……」
悟はふと居心地悪そうに周囲を見回す。
こよみもようやく周囲から奇異の目を向けられていることに気付いた。
静林学園の生徒達が遠巻きに見ながら、ヒソヒソと話しているのに気づく。
「何? あの人?」
「霧崎の知り合い?」
「なんかデュームって言ってなかった?」
「デュームってあのデュームのこと?」
悟は照れ笑いを浮かべた。
「ここだと目立つから、どこか店にでも入らない?」
学校から離れた場所にある喫茶店に入った悟とこよみは、飲み物を頼んでから話し始める。
「配信動画見させてもらったよ」
「……」
「コメント欄とダイレクトメール欄閉じてるんだね。よっぽど酷いコメントでも来たのかな?」
「デュームの人と最近、SNSで揉めて」
「それでコメント欄荒らされた?」
「はい。デュームの人に勧誘されたんだけど、そのやり方が強引だったから、SNSで非難したんだけど、それが炎上しちゃって」
「あー、あれか。ウチもやられたよ。結構、酷いよね」
「それで友達にも迷惑かけちゃったし。もう二度とそんなことがないようにしないとって思って」
「友達?」
「はい。ずっと一緒にダンジョン配信やってた友達がいたんですけど、私が炎上しちゃったせいでその子の再生数まで落ちちゃって。それでもう一緒に配信やってくれないって言われちゃって」
「ふむ。つまり君がコメント欄閉じているのに配信を続けているのは……」
「私が再生数取り戻せば、その友達と仲直りできるかなって……」
「なるほど。それなら僕の方で力になれると思うよ」
「えっ? 雪代さんが?」
「うん。これを見て」
「これは……ダンジョン庁のホームページですか?」
「そう。ここに重点アイテムリストってやつがあるだろ? 今季はこのアイテムを取得すれば、配信サイトのアルゴリズムで高評価を得られて、サイト内での扱いがよくなるんだ。だからアイテム破壊を防御できる〈スペルカード〉が有効になるわけだけど……」
「アルゴ……、アイテム破壊?」
「ああ。ごめんごめん。一気に言い過ぎたね。要は重点アイテムを取得すれば、再生数が伸びる。そのために〈スペルカード〉を使うのが有効ってことだよ。そうだね」
悟は名刺にURLを書き込んでこよみに渡す。
「もし、今季ダンジョンの再生数稼ぎに興味があるなら、そのURLの動画を見てくれ。〈スペルカード〉の有効な使い方と重点アイテムの取得方法について解説されてるから」
「あの……でも……」
「その動画を見て、シーエクとコラボする気になったら、いつでも連絡して。ちなみにその動画内のクマは僕だから」
「あのっ。私、こんな情報教えてもらっても何も返すものが……」
「気にしないで。ダンジョン配信者同士、情報交換するのは基本だろ? それに動画を見て何も感じてもらえないならどの道それまでさ」
悟は時計を見て席を立つ。
「今日はこのくらいで失礼するよ。とにかく今、僕らはコラボ相手がいなくて困ってるんだ。デュームは規模が最大手だし、味方は一人でも多く欲しい」
悟は財布からお代を抜き取って、テーブルに置いた。
「それじゃまたね」
こよみは店から出て行く悟を見届けた後、テーブルに残ったジュースをちびちび飲みながら、置いていかれた名刺を見つめて、物思いに耽った。




