第56話 講習会
新設された庁舎なだけあってダンジョン庁の内装は綺麗で清潔だった。
榛名達が来庁の理由を告げると、職員が講習会の会場まで案内してくれる。
会場には数百人もの配信者らしき人々がいた。
榛名達が入場するとすぐにそこかしこで騒めきが起こる。
「榛名だ」
「真莉と天音もいるぜ」
「くそ。やっぱ実際に見るとオーラあるな」
講習会に集まったのはいずれも1級冒険者ライセンスを保持している実力者達だったが、榛名達を見ると気後れしてしまう。
愛らしい彼女達だが、ダンジョン配信者界隈ではディーライとの炎上騒動を乗り越えて、再生数・登録者数を増やした猛者とみなされていた。
会場にいたのは、いずれも榛名達より歳上の者達ばかりだったが、自分達よりも歳下の榛名達に対してすっかり萎縮してしまう。
そんな周囲の視線にも気づかず榛名達は、会場を横切っていく。
「おおー。結構いっぱい集まってるな」
「有名な配信者の方もおられますね」
「これは顔と名前を売るチャンスだねっ」
「んじゃ、早速、名刺配っていこーぜー」
「「おおー」」
デュームに所属している草間彰人は、講習会で知り合いと話していた。
「彰人、榛名が来てるよ」
「いいの? 話しかけなくて。榛名と絡みたがってたじゃん」
「ああ? いいよ。あんなただの火力バカ……」
そう言った瞬間、彰人は背中にゾクリと寒気が走ると共に顎付近に冷たいものが当てられるのを感じた。
目だけで冷たいものに視線をやると銃が突きつけられているのが見える。
「だーれだ?」
背中から聞こえてくるのは揶揄うような少女の声。
「その声……榛名か」
「ここがダンジョンなら死んでたぜ」
「ここはダンジョンじゃねぇっ」
彰人が振り返りざま榛名を掴もうとすると榛名は素早く後ろに飛び退いた。
「おっと」
長机の並んだ狭い空間にもかかわらず、巧みな身のこなしで人垣を避けつつ彰人から間合いを取る。
(ち。相変わらず速いな)
「相変わらず不機嫌な顔してんな。そんなんじゃ眉間の皺が増えちゃうぜ」
「うるせー。誰のせいだよ」
「ま、いいや。それはそうと、コラボしない?」
「するわけねーだろ」
「えー。なんでー?」
「したくてもできねーの。事務所とかの関係で。俺んとこ誰々とはNGとか、誰々と誰々が仲悪いとかうるせーし」
「そっか。彰人はデュームに所属したんだっけ」
デュームとは配信者の代わりにチャンネル管理、法人との交渉、アイテム調達、アイテム売買などダンジョン配信活動を総合サポートしてくれる事務所である。
所属している者は収益の5割を収めなければならない一方で、配信にまつわる煩雑な作業をサポートしてもらえる。
豊富な企業案件や配信企画、所属者同士のコラボなど所属するメリットは多いものの、アイテム売買価格の釣り上げや配信者の囲い込み、所属配信者間の待遇格差などの問題点が指摘されており、批判されることも多い。
「ていうか、お前も悟のプロデュース受けてんだろ? いいのかよ。悟を通さなくて」
「悟の指示だよ。来期のダンジョン配信に向けて、コラボ相手見つけとけって」
「へぇ。なんか掴んでんの?」
「お、知りたい? じゃコラボしてよ」
「だから無理だっつの」
「お願ーい。プロデューサーに命令されてるのっ」
「それにお前、まだ蓮也とアブ・プロとのゴタゴタもまだ完全に終わってねーんだろ? あそこけっこーデケー事務所だぜ。仕事に差し支えんじゃねーの?」
「関係ないね。蓮也なんて怖くないし」
「……。もしさ、事務所の許可が取れたら……」
「あっ、悟だ。悟ー」
榛名は悟の姿を認めると、疾風のような速さで悟の下へと駆けていく。
(ったく、相変わらず悟、悟言ってんのな)
「いいのか彰人」
「榛名とコラボしたかったんだろ?」
「如月さんに頼めば、コラボくらい許してくれたんじゃねーの?」
「ねーよ。分かってんだろお前ら。如月さんが悟のこと嫌ってんの」
「榛名をデュームに誘えばいいじゃん」
「引き抜きだ!」
「無理無理。誘ってもどうせ来ねーよ」
(実際、雪代のマップスキルと榛名のガンナースキルの組み合わせはなかなかのもんだからな)
「悟さん、おつかれさまです」
「おつでーす、悟さん」
「おせーぞ。悟」
「ごめんごめん。調査手間取っちゃってさ。みんなの方はどうだった?」
「悟がいない間にけっこう名刺配れたぜ」
「有名な配信者さんと相互フォローになれましたー」
「ただ、コラボまでは漕ぎ着けられなかったんですよね」
「みんな事務所の都合がどうこう言っててさー」
「まだ私達の実力が足りないのでしょうか」
「うーん。逆だと思うよ。君達の実力が高すぎるせいでコラボに気後れしてるんだと思う」
「そうなんですか?」
「ああ。ディーライのリスナーごっそり奪っちゃったからね」
「みんなシーエクにリスナーとられるのを警戒してるってわけか」
「あはっ。私達ってすっかり強配信者ー?」
「そういうこと」
「けれどもどうしましょう。悟さんによると、来期のダンジョン配信はソロでは難しくなるんでしょう?」
「コラボ相手見つけられないと色々活動に制限かかっちゃうよねー」
「しょうがない。コラボ相手は僕の方でなんとかしておくよ」
「おっ、心当たりあんの?」
「シーエクに新メンバーを募集する。それで育成する。来期ダンジョンの予兆に耐えられて、かつ新しいリスナーをたくさん連れてきてくれそうな新メンバーを」
「なるほど。新メンバーを募れば、外部の方々とコラボしなくても内部でコラボできますね」
「さっすが悟さん。頼りになるぅー」
「これで私達は配信に集中できるな」
「それでそれで悟さん、来期のダンジョンの予兆ってどんなものが見えたんですか?」
「ああ。それについてはこの後……っと、講習会始まるみたいだ」
悟がそう言うのと同時に、ダンジョン庁の役人が会場の一番前、スクリーンと教壇のある場所に登って、講習を始めようとする。
その髪を七三に分けて眼鏡をかけたいかにも役人風の男は、マイクの音量を確かめてから話を始めた。
「皆様、お待たせいたしました。それでは講習会を始めます」




