第55話 ダンジョンの更新
悟は事務所のパソコンでとあるダンジョン配信チャンネルを見ながら、マップ上に異変がないか観察していた。
もうすぐダンジョン更新の時期だ。
ダンジョンが更新されれば、アイテムの発生法則、モンスターの出現場所といったダンジョン内の景色はガラリと代わり、それまでのマップ情報は役に立たなくなる。
だが、ダンジョンが更新される直前の数日間。
予兆が現れることがあるのを悟は知っていた。
モンスターの行動パターンが微妙に変わり、来期のダンジョン情報が汲み取れることがあるのである。
ダンジョンが更新されれば、それまでの攻略法は通用しなくなり、悟は新しく情報を取得して配信企画を考えて榛名達に提案する必要がある。
そのためにもダンジョンが更新される直前のこの時期に『予兆』を観測して少しでも来期の参考にしておくのは重要な作業なのである。
悟は今、中堅ダンジョン配信者の配信を見ながら、マップ情報に異変が起こらないか注意深く観察しているところだった。
(今のところ異常なし、かな)
悟は頭の後ろで腕を組んで、作業用チェアに背中を預ける。
配信者達はすでに勝手知ったるダンジョン内を順調に進みながら配信を続けている。
もうこの時期には各ダンジョンの探索方法はあらかた知れ渡っていて、彼らのような中堅配信者達からすれば探索はマンネリ化した半ば作業のようなものだった。
(お、アイテムのある部屋に入るみたいだな)
このダンジョンではここで魔石を手に入れて魔力を補充するのが定石だった。
魔石の安置してある祭壇の前には、魔力を吸い取る魔法陣のトラップが仕掛けられているが、多少魔力を吸われてもすぐに補充できるので問題ない。
置かれている魔石は、トラップのマイナスを補って余りある大粒のものだ。
悟は何の気なしにマップを見ていると、部屋の影にゴブリンが潜んでいるのが見えた。
(あ、ゴブリンだ。魔石に気を取られている配信者を襲う気かな?)
配信者達もさるもの。
トラップを踏み越えた後は、モンスターが潜んでいないか警戒しながら部屋の奥へと進んでいく。
ゴブリンは魔石に向かって杖をかざす。
(えっ?)
配信者達が魔石に手を触れようとした途端、杖の先から魔法が放たれて、魔石を粉々に砕く。
魔石の魔力はゴブリンに吸い込まれる。
困惑する配信者達に対して、ゴブリンは揶揄うように奇声を上げて挑発した。
怒った配信者達はゴブリンを追うが、次の部屋でも魔力ドレインのトラップが仕掛けてあり、魔石はゴブリンに破壊される。
そうして配信者達が追いかけているうちに、どんどん奥深くまで深入りしてしまい、逆に逃げていくゴブリンは無傷でダンジョンの奥深くまで到達する。
やがてダンジョンの袋小路まで足を踏み入れた配信者達は、待ち構えていた強いモンスターによって待ち伏せされ、倒されてしまう。
そこで配信は終了した。
(これは……)
悟は思わず動画をダウンロードした。
ゴブリンが飛び道具を使うのはたまに見かけるが、アイテムを破壊するのは初めて見た。
それもアイテム破壊と撤退して誘き寄せる戦術の重ね技。
もし、これが来期ダンジョンの予兆だとしたら?
(探索に重要なアイテムが破壊される。マズいな)
悟はダウンロードした動画をダンジョン庁に意見書と共に送付しておくことにした。
来期のダンジョンでは、モンスターがアイテム破壊を仕掛けてくる可能性がある、と付記して。
桜間高校の校門から三人の女子生徒が下校してくる。
先頭を歩く艶やかな長い黒髪を垂らして、制服をラフに着崩している女性徒は坂下榛名。
少し流し目をくれるだけでハッとするほどのカリスマ性を伺わせたかと思いきや、少年のようにあどけない笑顔を見せる。
道行く人の視線を集めずにはいられない美少女だった。
輝くような金髪のツインテールを揺らして、見る者を明るくさせる笑顔の少女は本城真莉。
スカートをギリギリまで短くして、制服を可愛くコーディネートするのにも余念がない。
その会話の流暢さも相まって三人組に賑やかさと華やかさを添えている。
最後の一人、短く切り揃えられた黒髪にカチューシャをした娘は駒沢天音。
一見、三人の中で一番地味な印象を与えているものの、よく見れば深窓の令嬢のような楚々とした奥ゆかしい気品を備えている。
キビキビとした歩き方、すっと伸びた背筋、キリッと引き締まった表情からは芯の強さが窺える。
ややもすれば騒がしくなりすぎる二人の会話に落ち着きを与えていた。
そんな風に三者三様の魅力を持った娘達が固まって歩いているものだから道行く人達はついチラチラと彼女らのことを見てしまうのであった。
「くぅー。ようやく学校終わったぁー」
榛名は腕を伸ばしながら解放感に浸る。
「今日は講習会の日ですね」
天音がスマートフォンで予定を見ながら言った。
「冒険者ライセンスの更新と共に何か特別な説明があるらしいですよ」
「私達以外にも配信者いっぱい集まるんだよねー」
「おっ、じゃあ、コラボ相手探すチャンスだな」
「悟さんもこの機会に名刺配っとけって言ってたよー。早めに行って交流しとこーよ」
「よっし、じゃあ行くか。ところで悟は?」
「少し遅れて来るそうです。ダンジョンの更新のことで何か調べ物があるそうで」
「あー。そっか。もうすぐダンジョン更新する時期だっけ」
「何かマップスキルに関係することでしょうか?」
「なんか更新する直前に調べると来期のダンジョンの様子がわかるらしいよー。悟さんによると」
「へぇー。そんなこともできるんですね」
「結構当たるんだぜ、悟の来期予測」
「すごーい。未来予知だ」
「流石は悟さん、もう来期の配信のために動き始めているんですね」
三人が会話しているうちにダンジョン庁の庁舎前にたどり着く。
「榛名、天音」
真莉がスマートフォンを手にして手招きする。
「ダンジョン庁の前で3人で写真撮ろ!」
「また、SNSですか?」
「好きだなぁ真莉も」
そんなことを言いつつ、実際にカメラを向けられれば榛名も天音も表情をバッチリ作る。
この辺りは3人とも天性の配信者と言ってよかった。
「おおー。いい感じに可愛く撮れた。SNSにアップするよー」
真莉は悟にも画像を送っておいた。
『講習会で待ってまーす(はぁと)』のメッセージと共に。
「真莉。早く入ろーぜ」
「置いていきますよー」
「待って。今、行くー」
3人はダンジョン庁の講習会のある部屋へと入っていった。




