第54話 まだ見ぬ配信企画を探して
「おい、プレスリリースの用意はできたんだろうな?」
「はい。こちらに」
阿武隈は広報担当者から渡されたプレスリリースの内容にサッと目を通した。
そこには、例の情報漏洩騒動の犯人が悟で間違いないこと、Dライブ・ユニットのゴタゴタで世間をお騒がせしてしまい申し訳ない旨、いまだ内部で情報漏洩している件については随意調査中であり近日中に調査結果を公表する予定であること、蓮也の一連の配信は事務所の預かり知らぬところで行われたことであり事務所の本意ではないこと、蓮也は依然として活動自粛中の身であり今回の違反行為には事務所として厳正な処分を下すつもりであること、といった内容が盛り込まれている。
「よし。この内容で事務所のホームページにアップしろ」
「はい」
広報担当者は作業に取り掛かる。
(ふー。やれやれ。まさか今更、悟の件が蒸し返されるとはな。蓮也の奴めやってくれるぜ)
阿武隈は葉巻を吸いながら、こめかみを押さえる。
彼はこういうトラブルへの対処が苦手だった。
どうにも気が滅入って仕方がない。
(なんでディーライはこう揉め事を起こすような奴ばっかりなんだ。悟はいつまでも自分の非を認めねーし。しかし、こんだけ炎上すれば流石の悟も観念して大人しくならざるを得まい。最近の悟は裏切り者の分際でシーエクとやらを結成してブイブイ言わせて調子に乗ってたからな。……ん?)
阿武隈がスマホからニュースアプリを開いたところ、本日の一押しニュースのタイトルが飛び込んできた。
そこには以下のように書かれていた。
【ディーライの情報漏洩犯、蓮也だった! 悟は濡れ衣で追放か?】
阿武隈はグラサンをずらしてスマホ画面を凝視する。
(あっ、アレェエエエエ!?)
その後、阿武隈は急いでプレスリリースを取り下げるように指示を出したが、遅かった。
タイミング悪く頓珍漢なプレスリリースを出してしまったDライブ・ユニット公式とアブ・プロダクションは、再び炎上した。
阿武隈は再度トラブル対応に追われることになる。
Dライブ・ユニットのメンバーらも釈明に回らざるを得なかった。
炎上騒動もあらかた落ち着いてきた頃、D・ハウスに真莉の母親が挨拶がてら訪問していた。
「皆さん、こんにちはー。真莉の母です」
真莉の母親は、真莉同様、人当たりがよくておしゃべり、性格の明るい女性だった。
自分のことをしゃべるのも相手から話を引き出すのも上手い、なかなか世渡り上手そうな人だった。
そんな相手なので悟はついつい今、悩んでいることについて話してしまう。
真莉や他の配信者との関係を疑われて炎上していること、仕事が増えて手が回らなくなっていること。
すると真莉の母親は自分と夫が配信に出て不安を払拭しようかと提案してくれた上、夫に悟の仕事を手伝わせようかと申し出てくれた。
悟としては渡りに船な申し出だったので、快くお願いすることにした。
真莉の両親にも家配信に出てもらって、母親にはお料理動画を、父親には配達や事務仕事をしている様子を撮らせてもらった。
真莉の父親は母娘とは打って変わって生真面目な職人気質の寡黙な人だった。
これだけ正反対の性格の夫婦もなかなか珍しい。
ただ、それだけに真莉の母は本当に夫を愛しているんだなと思えた。
夫が寝たきりになって収入が激減しても見捨てず、ずっと夫婦でいたのだから。
真莉の父親は求職中ということだったので、そのままシーエクの正社員として働いてもらうことになった。
真莉の両親がD・ハウスに出入りするようになってから、天音の母親もD・ハウスに差し入れを持ってくるようになった。
部屋が空いていることを知るとちょくちょく泊まっていくようになる。
着物姿の似合う大和撫子で淑やかな女性だった。
そして天音同様、慎ましさの中に芯の強さを感じさせる女性でもあった。
夫が亡くなってからすっかり意気沮喪して、叔父のなすがままに会社の経営も家への居座りも許していたが、こうして天音と一緒に住む場所を変えたことで、徐々に正気を取り戻していった。
これまでは叔父のなすがままに何事も進めていた彼女だが、段々おかしいということに気づき始め、叔父に屋敷を退去してもらう方向で進めている。
近く、法的措置をとる予定のようだ。
真莉と天音は悟の仕事部屋に駆け込んでいた。
「悟さん、この近くにダンジョンが出現したそうですよ」
「今すぐ、ダンジョンまで行きましょう。悟さん。あれ?」
悟の仕事部屋には誰もいなかった。
2人は顔を見合わせて肩をすくめる。
スマートフォンから動画配信アプリを開くと、案の定、榛名が悟と一緒にダンジョン配信を始めていた。
「みんなヤッホー。今回は新たにダンジョンが出現したと聞いて急遽来てみましたー」
・榛名の緊急配信キター
・新規ダンジョン配信待ってました!
・ワクワク
「それじゃ、早速行ってみまーす」
ダンジョンは迷宮型だった。
細長い通路を進んでいくと、榛名と悟は左右に折り曲がって奥へと伸びていくT字路にさしかかった。
俄かに足音が聞こえてきたかと思うと、右側の曲がり角からゴブリンが現れる。
榛名は銃を抜いて即座に対応する。
悟は左からも足音が聞こえるのに気づいた。
(! 逆側からも敵が来るな。挟み撃ちか!)
悟も銃を手に取って左側の敵に備える。
敵が奥から踊り出してきたところを発砲。
威嚇射撃する。
悟は射撃が大して上手くない。
だが、当てる必要はなかった。
とにかく、榛名が右側の敵を片付けるまで時間が稼げればいい。
やたら威力と音が大きめの銃で牽制する。
狙い通り、ゴブリン達は通路の奥に引き返し壁に肩を当ててこちらを窺ってくる。
そのうち、榛名の側で鳴っていた銃声が止む。
榛名が右側の敵を片付けたのだ。
同時に榛名が飛ぶ音が聞こえる。
悟はわざと後退するそぶりを見せてゴブリンを引き付ける。
「ナイス。悟」
榛名は一瞬で壁の上までジャンプして、上からゴブリンを射撃していく。
ゴブリン達はアイテムを残して消えた。
榛名はアイテムのうちの一つ〈魔力炉〉を回収する。
「やりぃ。〈魔力炉〉ゲット!」
「榛名。その〈魔力炉〉は罠だ」
「げっ。マジで?」
「使ってるうちに瓶の温度が上昇して、暴発し、保有者にダメージを与えるようになっている」
「あちゃー。捨てなきゃダメかな?」
「大丈夫。こんなこともあろうかとこれを用意しておいたから」
悟はひんやりした瓶を榛名に投げて渡す。
中には決して溶けることのない氷が入っている。
「これは?」
「それは〈冷却剤〉。アイテムの温度上昇を抑えるものだ。それをアイテムボックスに入れておけば、〈魔力炉〉の暴発を防げる」
「さっすが、悟。よっし、これで戦えるぜ」
・お、〈冷却剤〉持ってたのか
・いいね
・序盤から〈魔力炉〉使えるのはデカい
・流石クマさん。用意がいいな。
「榛名。このダンジョンでは、火力の強化が重要だ。火力アイテムの収集、怠るなよ」
「分かってるって。よーし。私達の配信はこれからだ!」
悟と榛名はダンジョンのさらに奥へと進んでいった。
まだ見ぬアイテムと配信企画を探して。
長らく更新停止していて申し訳ありません。
短編に手を出したり、新作書いたりしていて、更新滞ってしまいました。
次回からは第2章となります。
今後も気まぐれ更新となりますが、完結までは頑張る所存ですので、よければ読んであげてください。
また、コミカライズも本日より開始です。
コミックシーモア様にて先行配信です。
入逢夕先生が綺麗な絵柄で悟や榛名達を可愛く描いてくださったので、無料分だけでも読んでいただけますと幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。




