ニルリティ/高木 瀾(らん) (1)
『真の英雄の愛は、暴君の憎悪などよりはるかに恐しいものだ。真の英雄の憎悪は。博愛主義者の愛などよりもはるかに心寛やかなものである。巨大で英雄的な正気はたしかに存在する。ただ現代人は、その断片を拾い集めることしかできぬ。巨人はたしかに存在する。ただわれわれに見えるのは、その腕や脚が切り離され、一人歩きしている姿だけなのだ』
G.K.チェスタトン「正統とは何か」より
今回は、現場が屋内である事を考慮し、強力でも狭い場所で使うには難が有る武器は持って来ていない。
私は、拳銃2丁に銃身が短めの散弾銃を1つ。鎌形短剣と直刃の短剣をそれぞれ2つづつ。
相棒の愛用武器である超大型ハンマもATVの「チタニウム・タイガー」に積んだままだ。
階段を昇っていく途中の感想は……よくある雑居ビル。ただし、マトモな奴はあまり借りないタイプの……。
違法薬物の売買は、よくイメージされるような裏通りではなく、大概、こういう「繁華街の表通りに近い場所に有る借り主が短期間でコロコロ変る」タイプの雑居ビルで行なわれる。
一般人に紙一重の奴らを顧客にしないと商売にならないので、そう云う連中が行きたがらない場所で売っても商売あがったりだし、繁華街に近い場所では、商売敵なんかが殴り込みをやるリスクを多少は減らせる。
まだ、停電なんかは起きてないらしく……通路の天井の電灯は点いたまま。
事象発生現場である最上階に近付くと制服姿の死体がチラホラ。
だが、その「制服」が問題だ。
私は死体を調べ……。
「見ろ」
「どうした?」
「今んとこ、見付かった死体は制服警官だけ。でも、制服に付いてるマークが違う」
十年前の富士の噴火による旧首都圏壊滅と旧政府崩壊以前に、犯罪の質の急激な変化と多様化などから、従来の警察……いわゆる「県警」……とは別に専門分野に特化した複数の「広域警察」が設立された。
死体になって転がっている制服警官の制服に付いてる所属組織のマークは……福岡県警に、広域組対、広域麻取。
「共同捜査か? それとも手柄争いか?」
「さてな……。この死体は……怪我からして階段から落ちて……いや、待てよ。画像分析頼む。この首が折れてる死体、死んでから首が折れたのか、首が折れたのが死因か判るか?」
『解剖でもしないと無理だ』
後方支援チームからは、即、つれない返事。
「魔法で何か判るか?」
私は相棒に尋ねるが……。
「それがな……」