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第七話 閉ざされた世界の中で

 タウロ族の御膝元である海皇島はアリエーテ族が暮らす小島とは比較にならない面積を有しており、島の中央に(そび)え立つ峻厳(しゅんげん)な山脈から供せられる豊富な水源の恵みもあってか、農業や牧畜なども盛んに行われている。

 また、海皇島の周辺海域にも彼らが支配する小島が点在し、海産物の養殖や漁の拠点として王都の繁栄を支えていた。


             ◇◆◇◆◇


「ちっ! (らち)が明かねえぜ! どいつもこいつも(とぼ)けた面をしやがって」 


 懸命な聞き込みにも(かか)わらず、一向に成果が上がらない現状に苛立つティグルは舌を弾いて悪態をつく。

 到着早々に行動を開始した彼は、思っていたよりも多くの人々で賑わう市街地を歩き回って様々な風体をした者達へ話し掛けたのだが、望む情報は一向に得られなかった。

 通りを行き交う魚人者達の中には結構な数の人間も交じっており、(もっぱ)ら貿易目的で来訪しているキャラバンの関係者だと目星をつけたティグルは、彼らから情報を引き出すべく積極的に接触を図ったものの、結果は惨憺(さんたん)たる有り様だった。


 人の好さが自然と滲み出ている容貌から判断する限り、彼らが裏社会の人間でないのは明らかだし、()してや、善人を装って何か良からぬ事を画策している様にも見えない。

 ()くまでも彼らは真っ当な商人であり、当然ながら密猟団についての情報も持ち合わせてはいなかった。

 また、肝心の魚人達も(いぶか)し気な表情で首を横に振るばかりで一向に(らち)が明かず、苛立ちばかりが募ってしまう。


(意図して(とぼ)けているようには見えないし、あの人間達が密猟に係わっているとは考え(にく)い……一体全体どうなってやがる!?)


 早くも行き詰ってしまったティグルは、これまでに得ている情報をもう一度整理するべく、大通り沿いに設置されている休憩用のベンチに腰掛けた。


(銀河広しといえど魚人族のコミュニティは此処(ここ)だけだ。必然的に密輸船に監禁されていた魚人達は、この惑星から拉致されたと考えるのが妥当だろう。それなのに密猟団らしき者達が徘徊している様子もなく、行方不明になった者も存在しないなんて一体全体どうなっているんだ)


 その対象が如何(いか)なる種であっても人身売買は大罪だ。

 特に十年前の大戦終結後に結成された銀河連合評議会に於いては、これらの罪に対する刑罰はより厳しくなっており、鉱山惑星での労働刑二百年などの死刑に等しい判決が下されるのも珍しくはなかった。


(だからこそ悪党共が巧妙になるのは分かるが、その痕跡を完全に消すのは不可能だ。()してや、消息を絶った者の身内が騒がないなんて……やはり変だ)


 考えれば考えるほど謎は深まるのだが、密猟団の暗躍が確認できないのは厳然たる事実だし、魚人達やキャラバンに所属する人間らが嘘を言っている様にも見えない以上は、必ず何か見落としている事がある筈だ。

 そう考えて懸命に記憶を辿っていたティグルは、不意に養父が言っていた言葉を思い出し、何かしら引っ掛かるものを感じて更に思考を深くした。


(確かパパさんが言っていたよな……保護された魚人の女性達は全員が薬物による記憶障害を起こしていると……記憶を消した理由は何だ? 人格を抹消して従順な奴隷に仕立てるのは勿論(もちろん)だが、身元を知られるのを恐れたという方が重要なんじゃないか?)


 最初に感じた影のような違和感が次第に明確な輪郭を描き始めるが、その正体は(いま)だ闇の中に隠された儘だ。

 摘発された密輸船からは取引に関する資料や証拠は何一つ押収されなかったが、その手慣れた様子から、密輸団は同じ様な犯罪行為を重ねて来た筈だと養父は推察していた。


(つまり今回保護された二十人が最初の被害者ではなく、もっと多くの魚人女性が拉致されて売買されているという事だよな……しかし、事件はおろか被害者の噂話ひとつ聞こえてこないのは一体全体どうゆう事なんだ?)


 辻褄が合わない相反する二つの事実を見極めんとするティグルだったが、余りにも判断材料が乏しい現状では、中々真実は見えてこない。


 だが、ある者から聞いた言葉が唐突に脳裏に閃いた瞬間、まるで天啓に打たれたかの(ごと)くに一つの仮説に思い至り、弾かれた様に立ち上がっていた。

 それは、他でもないラケシスと母親のレイナが漏らしたものだ。


『区切り良く八十番目の妻っていうのも運命的だと思うし』

『側妃となれば籠の鳥と同じ……今生では二度と会う事は叶いません』


(まてよ……絶対的な支配力を持つ三氏族と怪しさ満点の政庁府の連中……そして見事なまでに存在を隠蔽している密猟団……それらが重なれば……)


 何の証拠もなく根拠にも乏しい仮説だが、それがティグルの中で確信へと変わるのに時間は掛からなかった。


(今回の件に関与しているのがタウロ族だけとは限らねえが、まずは手近な所から確かめるしかないだろう……証拠を掴むのが先だが……)


 早急に為すべき事は決まったが、協力者もいないティグルには出来る事は限られている。

 いっそ本丸に忍び込んで調査するか……。

 そんな事を考えた時だ。


「おいッ! 小僧ッ! 通報のあった不審者とは貴様の事であろうッ!」


 やたらと高圧的な物言いに背中を叩かれたティグルは、周囲を複数の男達が取り囲んでいるのに気付くや、意識を戦闘態勢へと切り替えて油断なく身構えた。

 どうやら、その身に纏っている装備から相手はタウロ族の衛士のようだと見当がついたが、ティグルの実力を(もっ)てすれば取るに足りない相手でしかない。

 なぜならば、衛士らの主武装が骨董品と呼んで差し支えない代物だったからだ。


 もはや絶えて久しい鎧姿の衛士らが仰々しい三叉槍(さんさそう)を構えている姿は、実に時代錯誤で滑稽だと言えるだろう。

 水中ではレーザー兵器の類は役には立たないから、刀剣や槍戟の(たぐい)を武器として使用しているのは分かるが、それならそれで、選択できる武器は他に優秀なものが(いく)らでもあるのが現実だ。

 これがアトラクションか余興の(たぐい)だったら、彼らの涙ぐましい努力に敬意を払う程度の気遣いはしただろうが、今はそれどころではない。


(ラッキー! カモが葱を背負(しょ)って来てくれたぜ! お(あつら)え向きに貧相な装備……こんなアナログな連中が相手なら、(たと)え千人でも楽勝だぜ)


 事の真相を明らかにするには己の仮説を立証する必要があり、確かめなければならない事は多い。

 しかし、ラケシスの事も気掛かりなティグルは、一刻も早く調査を進めなければと焦っていたのだ。

 そんな所へ、何かと便利な情報を持っていそうな連中が雁首を揃えて現れたものだから、内心で喝采を叫んだティグルは舌舐めずりして彼らを歓迎したのである。


(まずは油断させて人けのない場所まで行くか……)


 そんな思惑を胸に秘めたティグルは、如何(いか)にも悪事が露見して取り乱す小悪党を演じて見せた。


「な、なんだよぉ~~俺が何したっていうんだよぉ。やめろよ、物騒なものを突き付けるなよぉ~~」


 (もっと)も、本人は会心の演技と思っているが、彼の姉や妹ならば腹を抱えて笑い転げるレベルの代物でしかない。

 しかし、その大根役者ぶりをタウロ族の衛士らは〝危ない不審者″だと認識したらしく、ティグルの目論見通りに問答無用で捕縛するのだった。

 そして、有無も言わせぬ勢いで警邏隊本部へと連行したのである。


 勿論(もちろん)、それは彼の思う壺であり、賑やかな繁華街を外れた先の狭い裏路地に差し掛かるや、周囲に人影が途絶えたのを好機と見たティグルは急に足を止めた。


「おいッ! 立ち止まるなッ! きりきりと歩けッ!」


 その反抗的な態度に苛立った衛士の一人が鋭利な槍の穂先を突き付けようとしたが、それを容易(たやす)(かわ)した動きに彼らは目を丸くするしかなかった。

 (しか)も、両手首を拘束していた電子錠は何時(いつ)の間にか外されており、つい先程までオドオドしていた人間の少年が不敵な笑みを口元に浮かべている姿からは、言葉では表現し難い威圧感を感じて気後れしてしまう。

 だが、彼らもタウロ族の中では武に優れているとの評判の男達だ。

 年端もいかぬ小僧一人に怖気づいたとあっては面子(メンツ)が立たない。

 だから、正体不明の怖気を捻じ伏せて職責に忠実たらんとしたのだが……。


「抵抗する気かッ? 逃げようとするなら痛い目に合わせるしかなくなるぞ!」


 声を荒げて警告する隊長の一喝に反応した配下らも、手にした三叉槍(さんさそう)を油断なく構えてティグルを包囲する。

 だが、そんな彼らが耳にしたのは、何処(どこ)か楽し気でありながらも底冷えするかの様な威圧感を滲ませた捨て台詞だった。


「アンタらに恨みはないけどさ、今は一刻を争うんだ……少々痛い目にあって貰うけれど……勘弁してくれよな」


            ※※※


 何処(どこ)の世界にも野次馬根性旺盛な者は一定数居るものだが、それは魚人族の世界でも例外ではないようだ。


『行方不明になった魚人の話を聞いた事はないか?』


 そんな事を誰彼構わずに聞いて廻っていた胡散臭(うさんくさ)い人間の少年が捕縛されたものだから、暇を持て余している彼らが衛士らの後を追ったのは別段珍しい事ではなかった。

 だが、栄えある三氏族に属する衛士の中には自尊心の塊みたいな者も多く、下手な真似をして彼らの機嫌を損ねた日には、有難くもないトバッチリを被る事もあるから油断できない。

 だから、一行が警邏隊の詰め所へ通じる裏路地へと姿を消しても、慌てて距離を詰める様な真似はせず、()えてノンビリとした足取りで後を追ったのだ。


(どうせ警邏隊の詰め所は裏路地を出れば目と鼻の先だから、慌てる必要はねえ)


 適当に時間を置いてから裏門へ廻り、顔馴染みの衛士に(いく)ばくかの小遣いを握らせれば、あの子供がどんな目に遭っているかは分かるだろう。


(その話を肴にして一杯やるのもいいか……)


 そんな呑気な事を考えながら裏路地に足を踏み入れた野次馬たちだったが、目に飛び込んで来た異様な光景に愕然として立ち尽くすしかなかった。

 両脇に立ち並ぶ建物によって陽が遮られているせいか、昼間でも薄暗い通りの彼方此方(あちこち)に六人の衛士たちが倒れ伏しているのだから、荒事に慣れていない彼らが絶句して棒立ちになったのも無理はないだろう。

 ほとんどの者が一撃で叩きのめされたらしく、目立つ外傷もなく気を失っているだけだったが、焦点の合わぬ双眸を空へと彷徨(さまよ)わせながら何かに怯えているかの様な隊長は、断片的な言葉を(つぶや)きながら震えるばかりだ。

 当然だが、人気のない裏路地は一気に喧騒の坩堝と化し、負傷した衛士らを介抱する者や、姿が見えなくなった犯人と思しき人間の手掛かりを得ようと躍起になる仲間の衛士らでごった返し、混沌とした有り様と成り果てるのだった。


 だから、反失神状態の隊長が呟く『か、海神……さまは……怒って……』という言葉を聞き取れた者はいなかったし、右往左往する彼らの遥か頭上を北北東方面へと飛び去る小さな存在にも気付けなかったのである。

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[一言] ティグルの大根役者ぷりが台詞に表われているところが……。カッコいい場面のはずなのに……。 推理上、やっぱりあの人が黒幕なのですね。衛士が呟いた海神様が気になるところです。 読ませていただきあ…
[一言] ティグル無双!!!!( ´∀` ) 誰かそのシーンを漫画にしてくれないかなぁと思う話です!! そして薬漬け……もしかすると薬&催眠術で、知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がせられてる魚人も…
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