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SECT.4 『ケテル』

 広場を離れてすぐ、人の波にぶつかった。

 もともと市の開催で人は多かったが、このように垣にはなっていなかったはずだ。まるで大通りの中央を通る誰かの為に道を開けているかのように、道の端に人が集まっている。

 何かしらの催しでもあるのだろうか。

 それとも、誰かの行幸――?

 そう思って誰かに問おうとした時、ぞわり、と背筋に悪寒が走った。

 同時に、左の胸元が熱くなる。

「マルコシアス?」

 誰にも聞こえぬよう呟いた。

 マルコシアスが警戒を促している。

 この人数のこの騒ぎ、そしてこの悪寒とかすかに感覚へと触れる気配。

 直感的に気付いた。

「……セフィラか」

 おそらく、セフィロト国に使える神官、セフィラがこの街へとやってきている。マルコシアスはおそらくそれを警告しているのだ。

 早くこの場を離れねば。

 自分たちが天使を召喚するセフィラに遭えば、戦闘は避けられないだろう。

 しかし、これほど人の多い場所で天使と悪魔を戦わせるわけにはいかないし、何よりここまできてセフィロト国の追手に見つかるわけにはいかない。国境はすぐそこ、セフィロト国さえ出てしまえばどうにか逃げられるはずだから。

 ここで捕まるわけにはいかない。

 外套を羽織り直して、すぐ大通りに背を向ける。

 同時に、背後の人ごみから歓声があがった。


 セフィラの行幸を避けるように、とにかく街の外れへと歩を進めた。

 しかし、離れれば離れるほどに不安感が増大していく。

 この先に待っている、と頭の中の、心の中の何かが告げる。

 左胸が熱い。心臓の上に刻印されたマルコシアスとの契約印が疼いている。戦の悪魔マルコシアスが警告を発し続けている。

 高鳴る緊張感を気力で抑え込み、人通りがなくなる場所を見計らって、路地裏で壁にもたれかかった。

 呼吸が荒い。心臓の拍動が速い。

 まるでマルコシアスの警告に触発されるかのように、悪魔と契約を交わした証を刻んだ右腕が熱を持ち始めていた。

 抑え込むように左手で握りしめて、悪魔の名を呟く。

「ハルファス……サブノック、ロノウェ、ベリス……っ」

 鎮まれ。

 この2年で旧グリモワール国領、そしてセフィロト国を横断して、いくつかのコインを集め、時に破壊し、時に幾人もの悪魔と紋章契約を交わした。

 現在、俺の身内にはマルコシアスだけでなく、今やマルコシアスを含め5人の悪魔の力があった。右腕に折り重なるように記された悪魔紋章がその証だ。

 暴れだそうとする力を抑えるように左手で強く右腕を掴み、息を整えた。

 それでもまだ熱い左胸が、警戒を強く訴える。

「いったい、何が……」

 近づいている。

 何かを感じる。

 潜めていても抑えられない何かを秘めた、強大なモノがやってくる。

 それも、この感覚にはかすかに覚えがあった。

 あれは確か4年前の戦場――絶対的な力を持つ天使が現れた時と同じだ。

「メタトロンの気配だ」

 天界の長とも呼ばれ、たった一人でグリモワール王国軍を壊滅へと追いやった張本人。その天使に邂逅した時と同じ感覚だった。

 自分を内側から抑え込む圧力が上昇し、今にも外へ向かってはち切れそうに張り詰める。

 カツン、カツンと靴音が響いてきた。

 来る。

 路地をのぞきこんだ気配に、思わず視線をそちらにやった。

 いや、注意をそちらに向けざるを得なかった。

 暴れだしそうな悪魔たちを何とか鎮め、逆光の人物を睨みつけた。

「……誰だ」

 左手を剣の柄にかける。

 カツン、と靴音が止まった。

 違う、靴音ではない。金属が石畳を叩く音だ。

「このような片隅の街の、それも路地裏で契約印を抑えられず呻いているとは」

 涼しげで辛辣なテノール。

「これが悪魔騎士とまで呼ばれたアレイスター=クロウリーの姿ですか」

 金属音の正体は、騎士の正装に付属する簡易鎧の踵部分が石畳に当たって響いているのだった。

 純白の聖騎士装束に身を包んだ男が路地裏に流れ込む光を遮断するかのように立っていた。

 しかし、その全身から立ち上る気配は、ただの騎士のものではない。

「セフィラ……」

 警戒を解かず、睨みつけたまま壁を離れ、しっかと地面を踏みしめた。

「僕と同じ境遇にある君にわざわざ会いに来たのだから、そのように無様な姿を晒さないでください……仮にもレメゲトンであるならば」

 心臓が早鐘のように鳴り響いている。

 セフィラに発見されてしまった。

 アレイスター=クロウリー、悪魔騎士、レメゲトン。それらはすべて旧グリモワール王国時代の呼び名だ。

「……とうとうセフィロト国は俺を見つけ出したか」

「違います。見つけたのはセフィロト国ではなく、です」

 まるであの手品師のような物言いで、目の前の騎士は言い切った。

 逆光で顔や表情は見えないが、断言する口調から揺るぎない精神が見て取れる。

「剣を抜きなさい、アレイスター=クロウリー。もしこの場に天使を召喚されたくないのなら」

 すらりと抜かれた剣が細い光を反射した。

 鋭い殺気が全身に突き刺さる。

 考えるより先に、抜刀していた。

 肌が切れそうなほどの緊張が相手との間に張り詰める。

 隙がない。

 まるで剣の師であるマルコシアスや、漆黒星ブラックルビー騎士団長でグリモワール王国最強の騎士と呼ばれた義兄クラウド=フォーチュンを眼前にしたような。

 おそらく、これまで敵として相対した中では誰よりも強い。

 余計な事を考えている暇はない。

 これだけ実力の拮抗した相手に出会えるとは。

 一度も戦いを願った事はないというのに、こうして向き合うだけで高揚してくる。

 集中したせいか、悪魔のざわめきが急に鎮まった。

 瞬きも出来ぬ刹那、斬撃が視界を両断した。

 それを避けるのは意識ではなく、戦闘で染み付いた感覚。

 柄を握る手を伝って、全身に衝撃が伝わってくる。

 考えるより先に身体が動き、カウンターで横薙ぎの刃を叩きこむ。

 空振りした感覚を受け取ればすぐ、迫っていた壁を蹴り飛ばして勢いをつけ、突きと共に飛び込んでいった。

 普通なら受けられないはずの剣戟を、相手はかわし、薙ぎ、時に真っ向から受け止める。

 それだけではない。

 いくら体勢を崩そうとしても崩れない。

 基本に忠実に、確実な剣を叩きこんできた証拠だ。

 まるでお手本のような剣技。

 鼻先で剣が交差して、そのままぎりぎりと押し合いにもつれこんだ。

 流した金髪と、意志の強い透き通った碧眼が近付いた。おそらく年齢は自分と同程度。聖騎士の衣装に映えるその容姿には覚えがあった。

 ふっと力を抜くと同時に膝を叩きこんで、いったん距離を置いた。

 この短時間に息が乱されていた。

「さすがに僕が誰か分かったようですね」

 つい先日、セフィロト国中を大きなニュースが駆け巡った。

 2年前に『病で』倒れた先代ケテルの代わりに、新たなセフィラが誕生したというものだった。

 新しいセフィラは、それまで聖騎士団に属し、セフィロト国に仕えている騎士だったという。史上最年少で聖騎士団の副団長にまで上り詰めたその騎士は、天界の長メタトロンにその才を見出されたとのことだ。

 過去の記憶を消し去り、全てを捨てて就任する職だったセフィラの中で唯一、就任前から全土に名を知られた者であるという触れ込みのために、その騒ぎは尋常ではなかった。

 まさか、このような場所に現れるとは思ってもいなかったが。

 天使の気配に覚えがあるのは、戦場で見えたメタトロンと同一のモノだからだろう。

「お前が新しくメタトロンと契約したケテルか」

 右手を左胸にある悪魔紋章の上に当て、いつでもマルコシアスを召喚できる状態のまま、剣を左手で握り直した。

「元聖騎士団副団長、カイン=ウィンクルム」



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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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