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--- ハジマリ ---

この作品は「LOST COIN」シリーズの「第二幕・放浪編」にあたります。



ここから読み始める事もできますが、もしよろしければ「第一幕・滅亡編」からどうぞ。




「LOST COIN」まとめページ↓

http://sky.geocities.jp/lostcoin_ht/lostcoin.htm


ブログ「また、あした。」

http://lostcoin.blog.shinobi.jp/


 4年前、戦争が終結した。

 悪魔を崇拝するグリモワール王国と、天使を崇拝するセフィロト国との凄惨な戦は、グリモワール国土を破壊しつくし、一つの王国の存在を消し去った。

 現在この大地を支配するのはセフィロト国――天使を崇拝する光の国。

 そして、多くの天使達が見守るこの国の片隅で、小さな物語が始まろうとしている。ただの序章でしかなかったその小さな物語は、やがて多くの人々を巻き込み、新たな世界の創造へとつながっていく。


 そんな小さな物語の始まりの事は、まだ誰も知らない――




 隣を歩いていた少女は、ふっとこれまで歩いてきた道を振り返り、悲哀の微笑みを投げ掛けた――いや、もう少女という年ではないだろう、とうに20歳は越したはずだ。

 しかしながら、今でもどこかあどけなさの残る顔立ちは、賛美の対象であるだろう。

 肩の辺りまでしかなかった黒髪を伸ばし始めたのは、俺が長かった髪を切ったせいらしい。

 代わりに伸ばすというその発想自体が子供臭いのだが、仕方がない。理由わけあって、こいつは精神年齢が見た目よりも少々低く、また、近来稀に見る阿呆の鳥頭の持ち主なのだった。

「もうすぐ国境だね、アレイさん」

 そんな少女は、なぜか相好を崩してこちらを見上げている。

 笑いかけられた事が少々気恥ずかしく、ため息と共にお決まりの台詞を与えてやった。

「阿呆面をするな、くそガキ。見ているこっちまで気が抜ける」

「もう、『くそガキ』って呼ぶの、やめてよ! おれにだってラックっていう名前があるんだから」

「お前などくそガキで十分だ」

 ため息と共に前を向き、さらに歩き始めたのだが、まだ視線を感じてもう一度少女を見下ろした。

 すると、先ほどと変わらない阿呆面で見上げるガキの姿がある。

「だから阿呆面をするなと言っているんだ」

「阿呆面って言うな!」

 いつものように頬を膨らませ、文句を言う様はとても年相応とは思えないほどに幼い。

「お前はいったい幾つになった? 24か? 初めて会った時から6年も経つというのに全く変わらないな」

 最初に会ったのはまだグリモワール王国が健在だった頃、小さな街の片隅だった。

 当時18歳、身内に最強の悪魔を宿した少女に、俺は図らずも視線を奪われた。それがきっと運のツキだった――その強烈な憧憬が、自分の中に流れる悪魔の血が魔界の王に惹かれた所為だと気づいたのは、ずっと後の事だったのだが。

 本当に、変わらない。

 いつまで経っても成長しない。仕方ない奴だ。

 それでも少女を見下ろし、微笑んでいる自分がいる。

 生い立ちで、戦争で、笑う事を忘れていった後もこうやって笑えるのは、ひとえにこの少女の存在が大きいのだと知っていた。

「もうすぐ国境都市のリンボだ。いつものように日が暮れてから入るぞ」

「……分かってるよ」

 まだ機嫌を直さず膨れている少女から視線を外して前を見ると、否応なしに国境都市のリンボが目に入った。

 セフィロト国をまっすぐ東西に貫く街道の先にある国境都市リンボ――この都市の関所を越えれば、隣国のリュケイオンが広がっている。

 ディアブル大陸唯一の民主主義国であるリュケイオンは、王制をしいている他の国との交流が少ない。特に戦争となると全く干渉はなく、国際問題にもほとんど口出しをしない。4年前に集結したグリモワール王国とセフィロト国の戦争の際も動じる事はなかった。それに比べ、北の大国ケルトは食糧支援を、隣国クトゥルフは難民の受け入れを主に援助した。それがどれほどの助けになったか、感謝の念は潰えない。

 しかし逆にいえば、その我関せずの態度がリュケイオンをいくつもの戦争から回避させてきたともいえるだろう。

 これから自分たちは国境を越えるつもりだった。

 当てのない旅ではない。拘束力を持たぬ命令と、わずかな好奇心、そして強い目的意識が自分達を前へ前へと押しやっていた。

 何より、自分たちはセフィロト国に見つかれば即処分されるだろう。それだけの事をやってきた。

 だから、この国を逃げ出すのだ。

「見つかってしまえば元も子もない。皆に迷惑をかける訳にはいかんからな」

「そうだね」

 気づかれずに関所を越える――それは、ひどく困難な事だと分かっていた。

 それでも、自分たちの、皆の未来の為に成し得ねばならない事だった。



 自分の中に流れる悪魔の血が絶えず騒ぐ。その騒がしい血の流れは、逃げろ、と言っているようにも、逃げるな、と言っているようにも聞こえた。

 左胸の上に穿たれた刻印は、人間に血を分けた悪魔のものだった。


 きっと俺はもう人間ではないのだろう。

 刻を止めた肉体。身の内に流れる悪魔の血。黒々と折り重なるよう刻まれた悪魔紋章。

 すべてが俺を人間という括りから引き剥がしていく。

 このまま進めば、俺は、そして隣を歩く少女は、きっと――




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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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