10 ジーク視点 ジークでも無理な、極めて個性的な味の汁
これは、僕がアイナを取り戻すまでの、戦いの記録だ。
初日の夕飯はお粥だった。
この国では、米はあまり流通していない。でも、ルートを確保してしまえば入手は容易だ。
妙に米が好きなアイナのため、シュナイフォード家では定期的に米を仕入れている。
風邪を引いたときはお粥がいい。そう言い始めたのもアイナだ。
確かにそうなのかもしれない。身体に優しい気がする。けれど――
「アイナ……」
数日間、会えないのかもしれない妻。もちろん、食事も別にとることになっている。
その妻によってこの家に持ち込まれたお粥を前にすると、寂しくて仕方なくなる。アイナのことを思い出してしまうのだ。
風邪の辛さではなく、妻に会えない悲しみから精神をやられてしまいそうだ。
……うん。できる限り早く治そう。
それからの数日間、僕は使用人たちに色々なものを飲み食いさせられた。
させられた、という言い方はよくないのだろうけど、そう感じるぐらいには色々なものが出てきた。
蜂蜜を使った温かい飲み物、喉に優しいゼリー。この辺りは、普通に美味しくてよかった。
これは2日目のことだったかな。
一度出された、よくわからないどろどろの緑……緑で合ってると思う……何色かと聞かれたら緑だと思う……の液体には、少し、いや、かなり困ってしまった。
これは何かと聞けば、使用人は薬草を使ったジュースだと言う。
……ジュース? ジュースというより、汁って感じだ。
好きな食べ物はあれど、苦手なものはあまりない。そんな僕でも、できれば飲みたくない代物だった。
どうしたものかと思っていると、使用人たちが畳みかけてくる。
「お医者様に特別に用意していただきました」
「きっと効きます」
「早く奥様を取り戻しましょう」
こんな状況で、飲みたくないなんて言えない。
明らかに不味そうだけど、僕ら夫婦のために用意してくれたものなんだ。
医師が用意したものなら、悪いことが起きたりもしないだろう。
人の思いやりは受け止めたい。一人の人間としても、この家の主人としても、こんなもの飲めないなんて言い放ちたくない。
なら、飲むしかないだろう。器を見せろ、ジークベルト・シュナイフォード。
「ありがとう」
そう言って、グラスを手に取る。顔を近づけたら、不安を煽る臭いがした。
それでも感謝の気持ちは伝えたかったから、笑ったつもりだ。上手く笑えていたかどうかは、わからない。
「うぐっ……」
一口飲んだだけで、そんな声が漏れた。
ま、不味い……。見た通りに不味い。
なんだこれ。こんなに苦いもの、飲んだことがない。
この世の苦味を凝縮したらこうなるんだろうか。
その上どろっとしているから、すぐに流れていかない。
これをグラス一杯分は、かなり辛いものがある……。
ごめん無理。飲めない。そう言ってしまいたい。
妻ならこんなとき、僕になんと言ってくれるんだろう。
頭の中で、アイナの姿を思い描く。
彼女は「頑張れ、ジーク。あなたならみんなの気持ちに応えられるよ」と僕を応援していた。
……君がそう言うなら、頑張るよ。
イメージの中の妻に、そう返事をした。
味を確かめるように、少しだけ口に含むからいけないんだ。
そう考えた僕は、謎の液体を一気に喉の奥に流し込み、飲み干す。
それでも味はわかるから、それなりに辛かった。
いかがですか、と使用人が聞いてくる。
「……うん、これはかなり効くと思う。追加で飲む必要がないぐらいに……。この一杯で治る、そう思うよ……。あ、いや、本当にこの一杯で大丈夫……」
幸い、次の一杯は用意されなかった。




