8 家族のために離れた方がいいこともある
優しげで顔がよく、身長も高め。文武両道。数値にできない能力も、人並み以上。王位継承権あり。女性人気も高い。
……そこまでステータスが揃ったら、暗いものを抱えていてもおかしくない我が夫、ジークベルト。
過剰に期待されるとか、理想を押し付けられるとか。
努力して得た結果であることが理解されず、「出来る人はいいよね」なんて言われるとか。
たくさんの異性に迫られる……とか。
そんなことが重なって疲れていても、不思議じゃない。
けれど、本人が言うには、別にそうでもないらしい。
今後、彼が疲れてしまうことがあったら、私にできることをして支えようと思う。
でもまあ、とりあえずは……。
「夫が心身ともに健康なのは、いいこと……」
そう言いながらりんごジュースを飲み、一息ついた翌日。
ジークベルトが風邪を引いた。
ジークベルトは、あまり体調を崩さない。
子供の頃の彼は大変愛らしく、美少女のようだった。でも、可憐な見た目に反して幼い頃から丈夫だったのだ。
もちろんしっかりと体調管理をしているのだろうけど、風邪を引いたなんて話すらほとんど聞かなかった。
持病も特になければ、長く寝込んだこともないそうだ。
一緒に暮らすようになってから、彼が風邪と診断されたのは一度だけ。
18歳のときの話で、疲れや不安が蓄積されていたために弱ってしまった形だ。
そんな人だから、体調が優れないという報告を受けたときはすごく驚いた。
「ありがとうございました」
軽くお辞儀をし、診察を終えた医師の背中を見送った。
医師の姿が見えなくなったら、ベッドへ視線を戻す。
そこには、眉を下げ、なんとも情けない顔をして横たわるジークベルトがいた。
たかが風邪。されど風邪。本人はそれなりに辛いのだ。
それに、この人は熱や鼻水に慣れていない。だから、余計にしょんぼりしてしまうのだろう。
いつもより熱い夫の手に触れながら、今日の出来事を振り返る。
思えば、朝からなんとなく様子が変だった。
ジークベルトは寝付きが良く、朝も早めに目覚めるタイプだ。
基本的に私より先に起きているし、たまに遅くなっても、ある程度の時間に勝手に目覚める。
寝坊しないよう使用人が様子を見に来るけれど、多分、なくても問題ない。
そう思っていたのに、今朝、夫婦揃って使用人に起こされた。
オフの日に二度寝することはあっても、予定がある日にこんなこと、初めてだった。
そのときは、この人でもこういうことがあるんだなあ、ぐらいにしか考えていなかった。
今思えば、朝の時点で不調だったのかもしれない。
急いで朝の支度と食事を済ませ、ジークベルトは外出した。
予定通りお昼頃には帰ってきたから、一緒にご飯。
少し休んだ彼は執務室へ向かい――その数時間後には体調を崩し、その旨が私に知らされた。
今日の仕事を片付けてから医師の診察と薬の処方を受け、今に至る。
「奥様、本日は別室でお休みになりますか?」
ジークベルトの手で遊んでいると、部屋に控えるメイドから声がかかった。
……そうだった。今は、二人きりじゃないんだった。
大きな手をそっとベッドに戻し、何事もなかったかのように頷きを返す。
私まで風邪を引いてしまうのはよくない。今日は部屋を分けよう。
「ジーク、しっかりやすん……で……」
しっかり休んで、早く治しちゃおうね。
そう伝えたら離れようと思ったのに、言い切る前に止まってしまった。
弱気になったジークベルトが、とても悲しそうに私を見つめていたのだ。
風邪を引いていることもあって、瞳も潤んでいるし、頰も赤い。
あまりにも弱々しい姿を前にして、もう少しここにいてあげようかな、って気持ちが芽生えてくる。
小さく息を吐いてから、さっき離したばかりの手に触れた。
女性の私と違って硬質で、1つ1つのパーツが大きい彼。
手だってどう見ても大人の男性のものなのに、子犬のように思えてしまう。
私は、この人の情けない顔に弱い。
「……主人が寝付くまで、ここにいます」
前回、彼が風邪を引いた時もそうしていた。このしょんぼりした顔に勝てなかったのだ。
だから今回も同じでいいと思ったのだけど。
「アイナ……。嬉しいし、できればそうしてほしいけど……。早めに部屋を分けた方がいいと思うんだ……」
「へ? 前はあなたが寝るまでそばにいたのに」
本人の許可がおりなかった。どうして、と首を傾げてしまう。
……なんとなくわかっていたけれど、行かないでオーラ全開のあの顔は、無自覚でやっているようだ。とんでもない野郎である。
あれもこれもぜーんぶ無自覚。素で可愛い男! 頭の中が一気に忙しくなってしまった。
そんな心の動きなど知る由もないジークベルトが、掠れた声で私に何かを伝えようとしている。
「前とは状況が違うから……」
「状況?」
「えっと……」
彼がちょいちょいと手招きする。私だけに話したいことがあるみたいだった。
顔を近づけてみると、
「君一人の身体じゃない可能性もある、から……。一応、ね……」
と、小さな声で。
「……!」
な、なるほど。なるほど。たしかにそうだ。そうだね。そうですね。
その可能性も、ゼロではないですね……。
となると、しっかり風邪が治るまでは、なるべく離れていた方がいいだろう。
一緒にいられないのは辛いけど、仕方がない。
「わかりました……。しばらくあなたには近づきません……」
「えっ」
「私は違う部屋に行きます。よくなるまで別室で過ごしますので、主人をよろしくお願いします」
後半はメイドに向けた言葉だ。しっかりと頷いてくれた。
しっかり休んでね! と言い残し、いつも二人で使っている部屋を出た。
いまいち素早くない私にしては、なかなかのスピードだったと思う。
そう、そうなのだ。
ジークベルトの言う通り、この身体は私だけのものじゃない可能性だってあるのだ。
そこを意識しすぎると、逆に心身を害することもあるかもしれない。
でも、わざわざ風邪をもらいにいくことはない。
「……もう少し、気をつけよう」
寂しくても、可哀想でも。
離れた方がいいこともある。




