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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも@『婚約13年目』コミカライズ連載中!
最終章 夫婦と、家族

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8 家族のために離れた方がいいこともある

 優しげで顔がよく、身長も高め。文武両道。数値にできない能力も、人並み以上。王位継承権あり。女性人気も高い。

 ……そこまでステータスが揃ったら、暗いものを抱えていてもおかしくない我が夫、ジークベルト。


 過剰に期待されるとか、理想を押し付けられるとか。

 努力して得た結果であることが理解されず、「出来る人はいいよね」なんて言われるとか。

 たくさんの異性に迫られる……とか。

 そんなことが重なって疲れていても、不思議じゃない。

 けれど、本人が言うには、別にそうでもないらしい。

 今後、彼が疲れてしまうことがあったら、私にできることをして支えようと思う。

 でもまあ、とりあえずは……。


「夫が心身ともに健康なのは、いいこと……」


 そう言いながらりんごジュースを飲み、一息ついた翌日。


 ジークベルトが風邪を引いた。




 ジークベルトは、あまり体調を崩さない。

 子供の頃の彼は大変愛らしく、美少女のようだった。でも、可憐な見た目に反して幼い頃から丈夫だったのだ。

 もちろんしっかりと体調管理をしているのだろうけど、風邪を引いたなんて話すらほとんど聞かなかった。

 持病も特になければ、長く寝込んだこともないそうだ。

 一緒に暮らすようになってから、彼が風邪と診断されたのは一度だけ。

 18歳のときの話で、疲れや不安が蓄積されていたために弱ってしまった形だ。

 そんな人だから、体調が優れないという報告を受けたときはすごく驚いた。




「ありがとうございました」


 軽くお辞儀をし、診察を終えた医師の背中を見送った。

 医師の姿が見えなくなったら、ベッドへ視線を戻す。

 そこには、眉を下げ、なんとも情けない顔をして横たわるジークベルトがいた。

 たかが風邪。されど風邪。本人はそれなりに辛いのだ。

 それに、この人は熱や鼻水に慣れていない。だから、余計にしょんぼりしてしまうのだろう。


 いつもより熱い夫の手に触れながら、今日の出来事を振り返る。

 思えば、朝からなんとなく様子が変だった。

 ジークベルトは寝付きが良く、朝も早めに目覚めるタイプだ。

 基本的に私より先に起きているし、たまに遅くなっても、ある程度の時間に勝手に目覚める。

 寝坊しないよう使用人が様子を見に来るけれど、多分、なくても問題ない。

 そう思っていたのに、今朝、夫婦揃って使用人に起こされた。

 オフの日に二度寝することはあっても、予定がある日にこんなこと、初めてだった。

 そのときは、この人でもこういうことがあるんだなあ、ぐらいにしか考えていなかった。

 今思えば、朝の時点で不調だったのかもしれない。


 急いで朝の支度と食事を済ませ、ジークベルトは外出した。

 予定通りお昼頃には帰ってきたから、一緒にご飯。

 少し休んだ彼は執務室へ向かい――その数時間後には体調を崩し、その旨が私に知らされた。

 今日の仕事を片付けてから医師の診察と薬の処方を受け、今に至る。




「奥様、本日は別室でお休みになりますか?」


 ジークベルトの手で遊んでいると、部屋に控えるメイドから声がかかった。

 ……そうだった。今は、二人きりじゃないんだった。

 大きな手をそっとベッドに戻し、何事もなかったかのように頷きを返す。

 私まで風邪を引いてしまうのはよくない。今日は部屋を分けよう。


「ジーク、しっかりやすん……で……」


 しっかり休んで、早く治しちゃおうね。

 そう伝えたら離れようと思ったのに、言い切る前に止まってしまった。

 弱気になったジークベルトが、とても悲しそうに私を見つめていたのだ。

 風邪を引いていることもあって、瞳も潤んでいるし、頰も赤い。

 あまりにも弱々しい姿を前にして、もう少しここにいてあげようかな、って気持ちが芽生えてくる。

 小さく息を吐いてから、さっき離したばかりの手に触れた。

 女性の私と違って硬質で、1つ1つのパーツが大きい彼。

 手だってどう見ても大人の男性のものなのに、子犬のように思えてしまう。

 私は、この人の情けない顔に弱い。


「……主人が寝付くまで、ここにいます」


 前回、彼が風邪を引いた時もそうしていた。このしょんぼりした顔に勝てなかったのだ。

 だから今回も同じでいいと思ったのだけど。


「アイナ……。嬉しいし、できればそうしてほしいけど……。早めに部屋を分けた方がいいと思うんだ……」

「へ? 前はあなたが寝るまでそばにいたのに」


 本人の許可がおりなかった。どうして、と首を傾げてしまう。

 ……なんとなくわかっていたけれど、行かないでオーラ全開のあの顔は、無自覚でやっているようだ。とんでもない野郎である。

 あれもこれもぜーんぶ無自覚。素で可愛い男! 頭の中が一気に忙しくなってしまった。

 そんな心の動きなど知る由もないジークベルトが、掠れた声で私に何かを伝えようとしている。


「前とは状況が違うから……」

「状況?」

「えっと……」


 彼がちょいちょいと手招きする。私だけに話したいことがあるみたいだった。

 顔を近づけてみると、


「君一人の身体じゃない可能性もある、から……。一応、ね……」


 と、小さな声で。


「……!」


 な、なるほど。なるほど。たしかにそうだ。そうだね。そうですね。

 その可能性も、ゼロではないですね……。

 となると、しっかり風邪が治るまでは、なるべく離れていた方がいいだろう。

 一緒にいられないのは辛いけど、仕方がない。


「わかりました……。しばらくあなたには近づきません……」

「えっ」

「私は違う部屋に行きます。よくなるまで別室で過ごしますので、主人をよろしくお願いします」


 後半はメイドに向けた言葉だ。しっかりと頷いてくれた。

 しっかり休んでね! と言い残し、いつも二人で使っている部屋を出た。

 いまいち素早くない私にしては、なかなかのスピードだったと思う。


 そう、そうなのだ。

 ジークベルトの言う通り、この身体は私だけのものじゃない可能性だってあるのだ。

 そこを意識しすぎると、逆に心身を害することもあるかもしれない。

 でも、わざわざ風邪をもらいにいくことはない。


「……もう少し、気をつけよう」


 寂しくても、可哀想でも。

 離れた方がいいこともある。


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