6 君を助けたというのも、半分は本当なのだけど
15歳のとき、ジークベルトのことが好きなのだと自覚した。
もちろん、その前から公爵家の娘としての教育は受けていた。でも自覚してからは、彼の隣に立てるよう、より努力した。
その甲斐あって、淑女のマナーはそれなりに身につき、元から得意だった座学に関しては、学園で男性に混ざっても上位になると言われるほどになった。
勉強ができても、頭の回転が早いわけではないから、腹の探り合いみたいなものは上手くできないのだけど。
そういったことに関しては、夫頼りで申し訳ない気持ちもある。
私ももっと色々頑張りたいのだと、上手く立ち回るコツを聞いた時には、
「……君は、僕の隣で微笑んでいれば大丈夫だよ」
と暗に戦力外通告され、あまりの期待されてなさに少しショックを受けた。
腹いせに夫のほっぺたをと伸ばしてみれば、彼はなんとも幸せそうな顔をしていた。
そのときの彼の言葉は、
「そのままの君でいて」
である。
こちらとしては、もっともっと、大好きな人の役に立ちたいのだけど……。
とにかく、外での喋りについては、夫の助けもあってなんとかなっている。
彼が近くにいないときは、余計なことを言わないよう気をつければいいし。
そんな中、あまりの不出来さに頭を抱えたくなる分野があった。
それは……ダンスだ。
運動が得意じゃないのはわかっていた。わかっていた、けど、それにしたって下手だ。
先生曰く、運動音痴とリズム感のなさの合わせ技で、こうなっているらしい。
私と組んで上手く踊れるのは、もともとかなり上手い人と、私のために腕を磨き上げたジークベルトぐらいだ。
下手に私と踊れば、恥をかくからだろう。気がつけば、私にダンスを申し込んでくる男性は少なくなっていた。
私を誘うのは腕に自信のある人ばかりだから、顔ぶれもそう変わらない。
ある日の舞踏会にて。
最初は、夫のジークベルト。その後は、よく見る数人とダンスをこなした。
相手も私の下手っぷりを理解しているから、気楽といえば気楽だ。
何人目の時だったろう。いまいち見覚えのない青年に、ダンスを申し込まれた。
この人に恥をかかせてしまうかもしれない。そう思いながらも手を取る。
案の定、踊りになっているのかどうかもよくわからない事態になってしまった。
相手が困っているのがわかる。
ようやく一曲終わったときには、なんとも気まずい空気が流れていた。
いやもう、本当に申し訳ありません……。
あなたはダメじゃないんです……。こちらが下手なんです……。
若い人のようだから、社交界に戻ったばかりでなにも知らなかったのかもしれない。
……若人を嫌な目に遭わせてしまった。
どうしたものかと思っていると、
「アイナ」
聞き慣れた低音が耳に届き、優しく手を取られた。当然、そこにいたのは夫のジークベルトだ。
流れるような動作で腰に腕を回され、あっという間に踊る人たちの輪に戻されてしまう。
「あの、ジーク……」
夫が来てくれて安心はしたけれど、さっきの人となにも話せてないとか、あなたを囲んでいた女の人たちを放っておいていいのかとか、いくつか気になることがあった。
踊りつつも色々話そうと思ったのだけど。
「アイナ。僕はね、君と踊りたくてたくさん練習したんだ。……だから、今は僕を見て欲しいな。君のパートナーは、僕なのだから」
後半は耳元で囁くように言われてしまい、こくこくと頷くことしかできない。
「わかってくれて、よかったよ」
ここまで言われて、他の人の話なんてできず。私は夫だけを見て、彼に身を委ねた。
運動はあまり得意ではない私も、この人にリードされると、なんだか楽しくなってきてしまう。
ふわふわとした心地のまま舞踏会は終了し、夫婦揃って帰路に着く。
帰りの馬車の中で、隣に座る夫をちらりと見上げた。
今日もまた、この人に助けられてしまった。
きっと彼は、私を元気付けるためにあんなことをしたんだろう。
「ジーク、ありがとう」
「え?」
「男の人に恥をかかせちゃったって落ち込む私を、励ましてくれたんだよね?」
「……うん。そうだね。そういうことになるね」
ちょっと歯切れが悪いけど、お礼を言われて照れているのかもしれない。
私の夫、ジークベルト・シュナイフォードは、優しくて頼りになる人だ。
でも、二人きりのときは情けない顔で甘えてくることもある。
そんな二面性を持つ彼のことが、大好きだ。
***
ジークベルト・シュナイフォードが、また見せつけたらしい。相変わらずあの人は容赦がない。
……なんて話題になっていることを、妻、アイナ・ラティウス・シュナイフォードは知らなかった。




