5 夫はジークベルト・シュナイフォード
とある貴族男性視点です。
アイナ・ラティウス・シュナイフォード、23歳。
彼女の金の髪は、長く美しい。きっと、指通りもいいのだろう。
澄んだ空のような水色の瞳はとても綺麗で、ずっと見ていたくなる。
身長は平均より少し小さいようだけど、胸は大きい。
許されるのなら、柔らかそうな身体に触れてみたい。
分け隔てなく向けられるあの笑顔を、もっと近くで見たい。
でも、そんなことはできない。
何故なら、彼女は絶対に手の届かない人、手を伸ばしてはいけない人だからだ。
長い髪をアップにして、ドレスに身を包んだその人が、隣に立つ男へ笑顔を向ける。
話す内容までは聞こえないが、作り物とは思えない幸せそうな表情から、彼女がその男に心底惚れているのだとわかる。
男は男で、そんな彼女が愛おしくてたまらない、といった顔をしている。
一応公の場なのだが、妻への愛情を隠す気はないようだ。
とある舞踏会にて。
どう見ても互いに想い合う男女な二人を見て、1つ溜息をついた。
成人し、学園を卒業して社交界へ戻ればこれだ。
幼い頃から気になっていた5つ上の女性、アイナ・ラティウスは、アイナ・ラティウス・シュナイフォードとなって、夫の隣で笑っていた。
アイナは王位継承権を持つ男の妻であり、自身も公爵家の生まれ。
夫、ジークベルト・シュナイフォードの王位継承順位は低く、国王になることはないだろうが、それでも、俺なんかよりよっぽど地位があるのは間違いない。
この夫婦の婚約が決まったのは二人が10歳のときで、家が決めたものだったという。
そこだけ聞くと愛のない結婚のようにも聞こえるが、少なくとも、ジークベルトはその頃からアイナを想っていたらしい。
ジークベルトは愛妻家としても有名で、他の女性に手を出したなんて話は一切聞かない。
顔もスタイルもいい男の優しげな微笑みに魅了される女性も、数多くいるのにだ。
加えて、二人にまだ子供がいないことから、実は男色家で女に興味がないのでは、という噂が流れたこともあったが、誰も相手にしていなかったそうだ。
大方、誘惑に失敗した誰かが、悔し紛れにそんなことを言い始めたのだろう。
妻への愛がだだ漏れな男に対して、それは無理がある。
地位もあり、見た目もよく、二人は相思相愛。
そんな彼らの間に入れる人はいないし、割り込もうとしたって相手にされず弾き出されるとしか思えない。
略奪愛なんて無理に決まっている。挑む気すらない。
割り込むつもりなんてない。邪魔をしたくもない。
俺ももういい年なのだから、彼女への淡い気持ちは、思い出にしなければならない。
でも、せめて。
優雅な音楽が鳴り響く会場にて、ジークベルトにリードされ、アイナがダンスを披露する。
貴女と一曲踊るぐらいは、望ませて欲しい。
俺がアイナを諦めているのと同じように、女性たちもジークベルトを本気で狙ったりはしていない。
けどまあ、地位ある顔のいい愛妻家はずいぶん人気があるようで、「次は私と踊ってください」と女性に群がられている。
結婚相手を見つけるつもりなら全く意味はないが、妻にしか興味がないとはっきりしているため、ある意味では安心なのだろう。……多分。
アイナもさぞ人気なのだろうと思いながらダンスを申し込みに行ったが、意外とそうでもなく。
社交界に戻ったばかりの俺は理由がわからず、内心首を傾げた。
よくわからないが、すぐに順番が来たから嬉しかった。
小柄なアイナに触れ、透き通った水色の瞳に自分を映す。
そして音楽に合わせておど……おど、る……。……下手だな、この人。
ジークベルトと踊っているときはそんな風に見えなかったけど、かなり下手だ。
手を抜いている様子はない。むしろ、ものすごく必死だ。
頑張っているのが伝わってくる。でも下手だ。
アイナは努力家だから、練習を怠ったわけじゃないだろう。努力したうえで、これなのだ。
俺は、彼女にダンスを申し込む男が少ない理由を理解した。
アイナをリードしてそれなりに見せるには、かなりの腕がないと無理だ。
この下手さ加減のアイナと優雅に踊ってみせたジークベルト・シュナイフォードって何者なんだよ……という気分になってくる。
ようやく一曲終わった時には、アイナは非常に申し訳なさそうな顔をしていた。哀愁が漂っている。
どうしたものかと思っていると、
「アイナ」
横から、すっと男の腕が伸びてきて、アイナの手を取った。
それが誰かなんて、確かめるまでもない。彼女の夫・ジークベルトだ。妻のために女性の包囲を抜けてきたようだ。
ジークベルトは流れるような動作でアイナを奪い取り、それはそれは見事なダンスを披露する。
夫に身を任せ、アイナの表情もずいぶん柔らかくなった。
……完全に、見せつけられてしまった。
ダンスの腕前と、アイナから寄せられる信頼の違いを叩きつけられた。
いやあ、これは、
「絶対に無理だな……」
略奪は本当に無理だ。元からそんな気はなかったけど、絶対に無理だ。
前々から素敵なひとだと思っていた、アイナ・ラティウス。いや、アイナ・ラティウス・シュナイフォード。
彼女を幸せにしてください……なんて、あの男にしてみたら、他の人間に言われるまでもないんだろう。




