5 無自覚で仕留めにいく公爵令嬢
そんな流れで王族男子を連れてきてしまった私は、工房内の応接室に通されていた。
ジークベルトと並んでソファに座り、お茶を一口いただく。
このお茶も、茶器も、ここで一番上等なものだろう。
ライラおばさまもいつもの元気はなく、明らかに緊張している。
なんともいえない雰囲気のまま数分が過ぎた頃、おばさまがはっと顔を上げた。
「そうでした、アイナ様。先日のコップが出来上がりましたので、お持ち帰りください。息子に持ってこさせますので」
「ええ。ありがとう、ライラ」
身分差別の少ない国とはいえ、私がこの国トップクラスの身分の人間であることに変わりはない。
私自身がなんと思っていようと、私は公爵令嬢で、王族の婚約者なのだ。
けど、何度も会ううちに打ち解けてきて、最近ではアイナちゃんと呼ばれるようになった。
ちゃん付けになったきっかけは、おばさまのうっかり。
おばさまはとても焦っていたけど、私はなんだか嬉しかった。
だから、こちらからお願いして近所の女の子みたいに扱ってもらっているのだ。
そうだったんだけど……。
「アイナ、コップって?」
私の隣に座る少年、ジークベルトの登場によってそんな雰囲気ではなくなった。
このジークベルト・シュナイフォードという人は、王族の一員で、王位継承権も与えられている。
とはいえ、彼は今の王様の直系ではない。
前国王の長女で、現国王の妹にあたる女性が彼の祖母、リッカ・フォルテア・シュナイフォード様。
リッカ様がシュナイフォード家に嫁いできたから、リッカ様と血の繋がりがある人に限って、シュナイフォード家の人も王族として扱われている。
この位置だと、国によっては王族の範囲から外れることもあるそうだ。
そんな感じだからジークベルトの王位継承順位は2桁で、彼が王様になる可能性は低い。
ジークベルトが王様になるのは彼より順位の高い人たちがみんな亡くなってしまったときだから、正直、王にはなって欲しくない。
とまあ、国王の直系ではないし王位継承順位も高くはないのだけど……。
王族は王族だし、元から名家だったシュナイフォード家の長男なのだから、そんな人が突然やってきたら向こうは困ってしまうだろう。
一緒に行きたいと言い始めたのは彼でも、同行を許可したのは私。
おばさまたちだって、私がそう望んだから平民同士のような態度を取っていた。
このなんとも落ち着かない状態を作ったのは誰かと考えると……。私自身だ……。
色々と申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、ここで謝り倒しても仕方がない。
そう感じたから、公爵家のアイナ・ラティウスとして振る舞ってこの場をなんとかする方向にした。
「先日、こちらで吹きガラスを体験させていただいたのです。そのときに私が作ったコップのことですね」
「へえ、君が……。完成しているなら、僕も見てみたいな」
「でしたら……。ライラ、今もってきていただけますか?」
「は、はい。今すぐお持ちします」
私たちの言葉を受け、おばさまが退室する。
ぱたんと閉まるドアを見届けてから、私は小さく息をはいた。
元々、今日は完成したコップを見て喜んでから、もっときれいに着色する方法などを教えてもらうつもりだったのだ。
それがこうなったから、なんだか少し疲れてしまった。
そんな私とは対照的に、ジークベルトはくつくつと笑い始める。
一応、おばさまがいなくなるまで耐えてくれたようだ。
なかなか収まらないから、意識して冷ややかな声を出してみる。
「……ジークベルト様?」
「くくっ……。ごめ……。ふふっ……。外行き用の姿に切り替えたのが……面白くて……」
「ジークベルト様は王族の方ですから。外ではあんな態度取れません」
「僕の立場を考えてくれているんだね。でも……」
「?」
「今は僕らだけなんだから、いつもみたいに『ジーク』って呼んで欲しいな」
正確には使用人が後ろに控えているけど、そこは気にしていないようだ。
ジークベルトは、見た目は可愛らしく、言葉も態度もやわらかい。
今だって、優しい笑顔をこちらに向けている。
でも何故だか、この人のお願いを聞きたくなってしまう。
脅されているわけでも威圧されているわけでもないのに、どうしてだろう。不思議だ。
彼に押し負け、ジーク、と言葉にしようとした、そのとき。
ノックの音と一緒にライラおばさまの声が聞こえた。
……おばさま、なんだか早くありませんか?
ジークベルトに入室を促され、おばさまが姿を見せる。
その手には小さな箱。額にはうっすらと汗をかいていた。
王族を待たせるわけにはいかないと思い、急いだのだろう。
「ジークベルト様、アイナ様。お待たせしてしまい、申し訳ございません」
コップがどこに置いてあったのか知らないけれど、おばさまはとても早く戻ってきたと思う。
気にしないでくださいと言いたいところだけど、王族が隣にいる今は、私からは言いにくい。
どうしたものかと考えていると、ジークベルトが口を開いた。
「……ライラさん。急に訪問したのはこちらですから、僕のことはあまり気にしていただかなくて構いません」
彼はゆっくりと続ける。
「それより、アイナが作ったもの、ここで見ているもの、やっていることを、僕も共有したいのです。……まずは、そうですね。その箱に入っているのは、アイナが作ったというコップですか?」
はい、とおばさまが頷いた。
なら開けてみようと彼が言うから、私が自分の手で箱を開け、自作のコップを取り出した。
「……」
気泡がたくさん入ってて、色の付け方だって大雑把。
特別な模様なんてなにも刻まれていないし、形状に関しても工夫したようには見えない。
コップとして使うことはできるけど、それ以上でもそれ以下でもない。
どう見たって素人が作ったものだ。
これが店に並べられていたら、私は他の商品を手に取るだろう。
でも……。
「きれい……」
教わりながらガラスを吹いて、自分の好きな色をつける。
私がやったのはそれくらい。準備も仕上げも工房の人にお願いした。
だから自分で作ったと胸を張ることはできない。
それでも、なんだかすごく特別に思える。
キラキラと光るガラスのコップに気を取られていると、何かが、とん、と私にぶつかった。
「……?」
なんだろうと思って隣を見れば、身体があたる距離にジークベルトがいた。
彼もコップをよく見たかったんだろう。それにしても近い。
そんなに見たいなら、しっかり見せた方がいいかな。
自分の手を少しあげて彼の方に寄せ、ゆっくりと一回転させる。
「色は……。青、水色、黄色の3色かな?」
「はい。本当は黒か茶色も入れたかったのですが、水色や黄色とは合わせにくくて」
「黒か茶色?」
「ええ。黒は紺に近い青で代用できても、茶色はなかなか……」
「……そっか」
ジークベルトが元の位置に戻り、身体が離れた。
コップを眺め終わって満足したんだろう。
見終わったから離れたのはわかるけど、ちょっと俯いて片手を額にあてている理由は謎だ。
「ジークベルト様?」
「なんでもないよ。……きれいにできてる」
「! ありがとうございます」
お世辞も入ってるってわかってる。
それでも、そう言ってもらえれば嬉しいんだ。