1 ジーク視点 助けられません、お義兄さん
若干の名残惜しさを感じながらも、僕たちは自分たちの街へ帰ってきた。
二人でゆっくり過ごす時間は好きだけど、アイナの言う通り、ずっとそうしてはいられない。
地元に戻った僕らは、着いたその日は休憩。翌日にはそれぞれの兄、姉の家へお土産を渡しに行くことになっていた。
アイナのお兄さん、アルトさんは、アイナのことをとても可愛がっている。
お互いそれなりの年になった今では、流石に身体の接触は控えているようだけど、成人前のアイナは、ぐりんぐりんと頭を撫でられるなどしてうんざりしていた。
でも、僕は知っている。
そんなアルトさんを邪険に扱いつつも、本当は、アイナもお兄さんのことが好きなんだってこと。
18歳の頃、僕を心配したアイナは、婚前だというのにシュナイフォード家へ引っ越してきてくれた。
それからずっと、彼女は僕と一緒に暮らしている。
その間、「お兄様がうるさいから」と言って、ラティウス家にもよく顔を出していた。
本当に嫌いなら、そんなことしないはずだ。
アルトさんもそれがわかっているから、妹を可愛がるんじゃないかな……と、僕は勝手に思っている。
お兄さんの前では仏頂面をしていることが多いアイナだけど、ここ1年ぐらいは、にこにこしていることが多い。
その理由は――。
「アイナお姉さんですよ~~」
破顔したアイナの視線の先にいるのは、二人の幼児。
しゃがみこんだアイナがおいでおいでと言えば、幼児たちはよたよたと近づいてくる。
別荘から帰ってきた翌日。ラティウス邸にて。
アイナは甥っ子と姪っ子を前にして、すっかりメロメロになっていた。
僕らより2つ年上のアルトさんは、一昨年結婚。去年には、双子の男女が誕生した。
双子が誕生した時点で愛らしさにやられていたアイナ。二人が歩き始めたら、更に心を奪われてしまったようだ。
「アイナちゃん、抱っこしてみる?」
デレデレのアイナにそう声をかけたのは、アルトさんの妻・ルアナさんだ。
ルアナさんはラティウス兄妹と同じ金髪だから、こうして並ぶと姉妹のようにも見える。
「だ、抱っこ……」
アイナはわかりやすく身を硬くした。
初めてというわけではないものの、子育て経験のないアイナに抱っこは難しいようで。
アイナは、義理の姉、子供達。続いて、夫の僕の順に視線を動かし、目だけで助けを求めてきた。
――抱っこ、させてもらったらいいんじゃないかな。
そんな意味を込めて頷いてみると、アイナはもう一度子供達をじっとみつめた。
「アイナちゃん」
ルアナさんに優しく名前を呼ばれ、アイナはようやく決心する。
「……します。抱っこ、させてください」
「うんうん、そうしましょう」
ぎこちない手つきで、アイナが自分の甥を抱き上げた。明らかに緊張している。
アイナの腕の中で、赤ちゃん――というにはちょっと大きいけど――がきゃっきゃと笑った。
「……!」
アイナもぱあっと表情を明るくし、腕の中の存在に笑顔を返す。
彼女の表情が、小さな子供を慈しむものに変わっていく。
1歳児を抱いて慈しむ妻。そんな彼女に、夫の僕は熱い視線を送ってしまった。
一緒に住むようになってから結構経つけれど、僕らが結婚したのは最近の話だ。まだ子供はいない。けど、そろそろ……と互いに考えてはいる。
そんなタイミングでもあるから、妻のこんな姿を見せられると、自分たちの未来を想像してしまう。
「ジークベルトくん」
「! アルトさん」
義理の兄に呼ばれてはっとする。色々な想像が広がって、心がどこかへいっていた。
アルトさんは、そんな僕を見てうんうんと頷く。
僕もアルトさんも、愛する妻がいる身。義理の弟が何を考えているのかなんて、お見通しだったみたいだ。
「君も抱いておくといい。アイナより慣れているだろうけどね」
僕には年の離れた姉が二人いて、僕が10代の頃には既に嫁いでいたため、甥っ子も姪っ子もとっくに誕生している。
その関係で、小さな子を抱き上げた経験はアイナより豊富だったりする。
……といっても、子育て経験があるわけじゃないから、この年の子を抱き上げるときは緊張するけれど。
義兄夫婦に見守られながら、僕は女の子を抱っこした。
「ジーク、やっぱり慣れてるよね……」
「経験の差だね」
「んー……」
甥っ子を抱いたアイナが、どこか面白くなさそうな顔をする。自分だけ置いていかれたようで、寂しいのかもしれない。
むーっとする妻に苦笑していると、ルアナさんがこんなことを口にした。
「あら、子供慣れしてる旦那さんはいいわよ。アルトさんなんてもう全然ダメで……」
「ル、ルアナ……」
「ふふ、冗談ですよ。壊しそうなんて言って怖がって、なかなか抱っこできなかったお父さん?」
「あのときはすまなかったと、もう何度も言ってるじゃないか……」
「……ジークが慣れてる人でよかった。お兄様と違って」
「アイナまで……」
妻と妹からの攻撃を受けたアルトさんが、僕に視線を送る。
性別が同じで、立場も近い僕に、助けを求めている。そう理解できた。
けど、僕もこの女性二人には勝てそうにない。だから、何も言わずにそっと目を逸らす。
申し訳ありません、お義兄さん。あなたを助けることはできません。
「ジークベルトくん……!」
情けないパパの話は、まだまだ続く。




