12 これから先も、ずっとあなたと
「明日の朝には帰るんだよね……」
休暇4日目の夕方。
リビングのソファに腰掛けて、ぽつりと呟いた。
夫のお休みはあと何日かあるものの、休みいっぱい遊ぶのも大変だろうからと、明日には屋敷へ戻ることになっていた。
別荘にいるあいだは、掃除の人の出入りがあるぐらいで、ほぼ彼と二人きり。
外出時は護衛つきだけど、普通の観光客として自由に過ごせる。
シュナイフォード邸にいるときは、料理もあまりしない。人の仕事を奪うわけにはいかないからだ。でも、別荘では夫に手料理を振る舞える。
朝に強い彼が、朝食を用意してくれたりもする。
そんな時間も、そろそろ終わり。
夫の立場は理解しているつもりだし、お互いの家柄のおかげで出会い、婚約が決まり、こうして一緒になれたのだから、家を捨てたいとも思わない。
家を捨てるとか、責任から逃げたいとか、そういう風には思わないんだけど……。ちょっとしょんぼりするぐらいは、自分に許してあげたい。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。
「アイナ」
顔を上げてみれば、ローテーブルを挟んで向かい側、私とは別のソファに座る彼が手を広げていた。
「おいで」
「ん……」
彼の呼びかけに応じて移動し、足の間に収まってみる。
すぐに私の身体に腕が回されて、すっぽりと包まれてしまった。
昼間なら海に入れるぐらいの気温だから、くっつかれてあったかい……というよりは、ちょっと暑い。
でも、離れようとは思わなかった。
彼の胸に身体を預けながら、思う。私は、本当にこの人のことが好きなんだなあ、と。
ジークベルトにはたくさんのものをもらった。
私がこうして今の人生を受け入れ、幸せを感じながら暮らせているのは彼のおかげだ。
お返しなんて、とてもできる気はしないけれど。彼が立場のある人だというのなら、私は、妻としてこの人を支えたい。
だから、ずっとここにいるわけにはいかない。
「……うん、やっぱり帰らなくちゃね」
「あれ。帰りたくなくてしょんぼりしてるのかと思ったよ」
「それは……間違ってはいないけど。でも、あなたにも私にもやることがあるから、ずっとこうしてはいられないなって」
「……そうだね」
彼が私の髪を一房手に取り、口付ける。
「アイナ」
「ん……」
「休みが終わったら、君と一緒にいられる時間も減るし、家をあけることもあるだろうけど」
「うん」
「ちゃんと君のところに帰るし、二人の時間も作るよ。……そうしないと、僕がもたない」
最後のところは、ぐりぐりと肩に頭を押しつけながら言われた。
こんな風に言ってもらえると、私もこの人の支えになれていると思えて嬉しい。
「もうアイナがいないとやっていけない……」
彼はぐーっと私に体重を移動させる。
必要としてもらえるのは喜ばしいことだけど……重い。気持ちの話ではなく、物理的に。
「ジーク、重い……」
どれだけ体重に差があると思ってるんだろう、この人は……。
私が彼に乗るのは大丈夫みたいだけど、逆は辛い。
もちろん全体重を預けるなんてことはしてこないけれど、それでも、重いものは重いのだ。
先程までの妻を包み込む夫と、夫に甘える妻の図から一転。
今度はジークベルトが甘えん坊モードに入り、私は潰されないよう耐えることとなった。
頼れる夫はどこに……? でも、彼のこういうところもいいなって思える。
翌日の朝には、二人揃って別荘を出た。
ただの観光客からシュナイフォード家の当主とその妻に戻るわけだけど、私たちの関係は、なにも変わらない。
この人と一緒に生きていこうって気持ちは、これからも変わらず、私の中にあり続けるんだろう。
次回から夫婦と、家族編
風邪っぴきジーク、甥っ子姪っ子お泊まり会、家族が増えるお話など。
最終章です。




