11 シュナイフォード家に仕える人と、お惚気主
護衛の女性視点です。
「お呼びでしょうか、ジークベルト様」
光の差し込まない路地に、ただの観光客にしか見えない男女がいる。
しかし、その正体は王族と護衛。
護衛の私が呼び出され、主はどこか重い雰囲気を纏っているという、なにか起こったかのようなシチュエーション。
それが今だった。
私の姿を見て、主のジークベルト様が静かに頷く。
ジークベルト様は真剣そのもの。
それもそうだろう。だって――
「アイナの様子を見てきて欲しい」
愛する妻である、アイナ様のことなのだから。
***
休暇3日目の今日も、夫妻は外出していた。
観光客に紛れた私たち護衛も一緒だ。
商店街を歩くうちに、アイナ様は女性用の下着屋に吸い込まれていった。
流石に入りにくかったようで、ジークベルト様は外で待機。
最初は店の前に立っていたものの、男性がいては営業妨害になると思ったのか、店の横……この路地へ移動した。
しばらく経っても、アイナ様は店から出てこない。
そんな中、奥様を待つジークベルト様が、くいくいと小さく手を動かした。
護衛を呼んでいるとすぐに理解し、仲間の一人がジークベルト様の元へ向かう。
仲間はすぐに戻ってきて、ジークベルト様が私をご指名だと言い出す。
その時点で用件を察することができた。
アイナ様の様子を見てきて欲しいんだろう。
私はアイナ様と年も近く、性別も同じ。女性用の下着屋に入っても不自然ではない。
適任といえば適任。
もちろん、アイナ様にも護衛がついている。
今頃は、客に紛れた女性の同僚がアイナ様を見守っているはずだ。
仲間からなんの連絡もないし、店内でなにか起こっている様子もない。買い物が長引いてるだけだろう。
それでも、ジークベルト様は奥様が心配なようで。予想通り、店の中を見てくるよう命じられた。
主の命令を受け、客のふりをして下着屋へ突入する。
思っていた通り、アイナ様は買い物に夢中になっているだけだった。
様々な下着を前にして、悩んでいる様子だ。
時折、大胆なデザインのものをちらちらと見たりもしている。
気になるけど、恥ずかしくて直視できない……といったところだろうか。
可愛らしいものを見つけて喜んだり、サイズがなくて肩を落としたり、意外な色の下着をじっと見つめていたり、やっぱり大胆なものを気にしていたり……。可愛らしい人だ。
アイナ様は公爵家のご令嬢で、王族・ジークベルト様の妻。
だというのに、こうして悩む姿は、普通の若い女性にしか見えない。
シュナイフォード家の財力を持ってすれば、ここからここまで全部くださいと言うのも簡単だろう。
サイズの都合もあるとはいえ、一着一着しっかり吟味するアイナ様の姿に、不敬だとわかりながらも親近感を抱いてしまう。
アイナ様は、相変わらずとある商品に視線を送っている。
そうやって恥じらう姿が愛らしくて、「買ってしまいましょう!」と背中を押したくなる。
旦那様には内緒で新しい下着を買って、驚かせましょうと言いたくなる。
そんな衝動と戦い、なんとか耐え、これ以上ジークベルト様をお待たせするわけにはいかないと気がつき店を出た。
路地に戻ると、「早く妻の様子を聞かせて欲しい」と、ジークベルト様が視線で訴えてくる。
そこまで気にしているのに中に入らず、店の前にすら立たないのだから、私の主は紳士だ。
「奥様は、熱心に下着を選んでおられました。……アイナ様は本当に可愛らしい」
しまった。そう思った時には、もう遅かった。
報告だけするつもりだったのに、口が滑って可愛いと言ってしまった。
不敬だとお叱りを受けることはない。
この場合、叱られるのは私ではなく――
「君もそう思うかい? アイナは昔から本当に可愛くて……。ああ、幼い頃はちょっとぽやっとしているところもあって、それはそれで可愛かったんだけど、いつからか、色々なことを吸収しようと勉強したり外に出たりするようになって、明らかに寝不足だったりして、僕より勉強が大事なのかなって少し寂しくなることもあったけど、頑張り屋なところにより惹かれたし、そんな彼女にこちらを見て欲しくて僕も一層頑張れたところはあるし、ようやく結婚できた今でも日に日に愛おしくなっ」
……ああ、始まってしまった。
シュナイフォード家名物、旦那様によるお惚気話。
聞くのが嫌なわけじゃないけど、長い。
夫妻の仲がいいと屋敷の雰囲気もよくなるし、個人的にも、お二人にはずっと一緒にいて欲しいと思う。
ただ…………長い。こうなったジークベルト様は、なかなか止まらない。
結局、ジークベルト様によるお惚気は、アイナ様が戻るまで続いた。
ちなみにこのお惚気、「仕事の邪魔しない!」と奥様に叱られるところまでがセットだったりする。
「ごめんなさい、持ち場に戻って頂いて大丈夫ですから」
アイナ様の謝罪を受け、持ち場に戻る。
私がシュナイフォード家に仕えるようになって、早5年。
ずっとお二人を見てきた私が抱いた気持ちは、「お幸せに……」だった。
シュナイフォード家に仕える人々共通の気持ちでもある。
ジークベルト様とアイナ様が、明日も明後日も、その先も。
こうして仲良く過ごせるよう、ずっとお守りしていきたい。




