10 ジーク視点 月に一度、親に惚気を送るだけ
「……来ない」
「あなた?」
「息子からの返事が来ない」
「まあ」
ジークベルト・シュナイフォード、23歳。
正式にシュナイフォード家の当主となり、幼い頃から好意を寄せていた女性と結婚した、私の息子。
息子への引継ぎを済ませ、南の島に滞在中の私は、三人の子供たちに絵葉書を送っていた。
娘二人からは返事が来るものの、息子のジークベルトからの反応はない。
「ジークベルト……」
「便りがないのは元気だからですよ。アイナさんと仲よく過ごしているのでしょうね」
「それはそれとして、返事が欲しい」
「あらあら」
アイナ嬢と上手くやっている。そういった報告は聞いている。
私が見込んだ通り二人は大変仲がよく、助け合って暮らしていると。
息子が元気なことも、夫婦仲がいいことももちろん嬉しい。
…………しかし、だ。
「親のことも、もう少し気にかけてくれないだろうか……」
***
いちごミルクも飲み終わり、夕飯の材料を買って帰る流れになった頃。
ふと、アイナがこんなことを口にした。
「……そういえば、お義父さんたちに返事は出してるの?」
「え?」
「たまに絵葉書が届いてるでしょ? あれの返事」
「……出してない、かな」
「もう……」
呆れたようにため息をつかれてしまい、こちらは苦笑するしかない。
23歳となった今も、両親から届いた絵葉書を見るたびに、少し心がざわつくのだ。
すぐに机にしまい込んでばかりで、返事を書くという発想に至らなかった。
アイナに言われて初めて、一度も返事を出していないことに気がついたぐらいだ。
「……今日中に返事を書くこと」
「ええ……」
「休暇中に出かけてきましたーってことで、こっちも絵葉書でいいんだから。ね?」
「……わかったよ」
「わかればよろしい」
正直、ちょっと面倒だった。
もちろん両親のことは大切に思っているけど、手紙や葉書を送るのは億劫に感じてしまう。
それでもアイナが返事を出せと言うのなら、そうした方がいいんだろう。
土産物屋に寄り、アイナに絵葉書を選んでもらった。
これなんていいんじゃない、とアイナに見せられたのは、それぞれ絵柄の違う葉書5枚セット。
1枚でいいんじゃないかなと言っても却下され、彼女が選んだものを購入した。
二人並んで食材を持ち、馬車へ向かう。道中、アイナの話にちょっと渋い顔をしてしまった。
「月に1枚出して……。なくなる頃には次の長期休暇だから、出先でまた買い足して……」
「そんなにいいんじゃないかな……?」
「だーめ。離れてるんだから、こういうのはちゃんとやらないと。とにかく、今日中に1枚ね。書けるまで晩ご飯抜き」
「帰ったらすぐ書くよ」
晩ご飯抜きに反応して「すぐ書く」と約束すれば、アイナは満足そうに頷いた。
せっかく二人で旅行中なのに、妻の手料理を逃すなんて絶対に嫌だ。
帰ったらすぐに両親へのメッセージを書くと心に誓った。
アイナのことだから大量の食材を買い込んでしまうと思っていたけれど、今回はそうでもなく。
彼女曰く、飲み食いした物がお腹に残っていて、あまり買う気にならなかったそうだ。
それでも、二人で食べるには多いぐらい買っていたりする。
アイナと一緒に別荘に戻った僕は、絵葉書とペンを持って机に向かう。
メッセージなんて特に思いつかなかったし、スペースもあまりなかったから、短い文章だけ書いて終わりにした。
数行しか書かなかったけど、書いたことには変わりない。
無事に妻の手料理にありつき、滞在二日目のこの日も、楽しく時が過ぎて行った。
***
ある朝のことだった。
郵便物に目を通していると、1枚の絵葉書が現れた。
描かれた風景に見覚えがある。
これは、ジークベルトとアイナ嬢お気に入りの土地のものだろう。
まさか、と差出人を確認する。
「ジークベルト……!」
代筆などもされておらず、間違いなく息子の字だ。
どうして今になって返事が来たのか。そんなことはどうでもよかった。
葉書の隅に書かれたメッセージも、妻が可愛いという内容で、ただ惚気られただけだ。
それでも構わない。息子から返事が来た。それだけで十分だった。
以降、息子からの絵葉書が月に一度のペースで届くようになる。
それが、妻に管理されてのことだったと知るのは、しばらく先の話だ。




