9 かっこいい人を見つけたけど、奥さんがいるらしい
今度はモブ女性視点です
「ねえ、あの人かっこよくない?」
とある休日のことだった。
地元の友人と女二人で街を歩いていると、興奮した様子で腕を引かれる。
同じ方向を見れば、彼女が盛り上がる理由はすぐにわかった。
ドリンクを売る店の前に、一人の男性がいた。
黒いパンツに、グレーの半袖シャツという、とてもシンプルな格好。だからこそよくわかる。ものすごくスタイルがいいって。
「足なっが……」
「ね!?」
すらりとした体型に、長い足。細身な印象を受けるけど、よく見ると意外と逞しい。
腕はほどよく筋肉質で、女性のそれより明らかに太い。胸板だってしっかりしている。
茶色い髪は短く整えられており、さらさらとしていて、触ったら気持ちよさそうだ。
横顔も綺麗。
サングラスをかけているから、瞳は見えない。でも、私の……いや、私たちの勘が言っている。ぜっったいに、目も素敵なはずだって。
「スタイルいい……」
「絶対いい男……」
「飲み物選んでるのかな」
「なに買うんだろう。やっぱり、コーヒーとか?」
さほど距離もないのに、いい男を前にして盛り上がってしまった。
二人揃って熱い視線を注ぎながら、コーヒーならブラックかな、なんて話していると、男性がこちらを向いた。
ひらひらと手を振られたものだから、たまらず黄色い声をあげてしまう。
男性はすぐに店の方へ向き直してしまったけど……。もしかして、好感触だったりする?
「こ、声かけてみる!?」
「お願いしたらサングラス外してくれるかな!?」
「気になる気になる!」
「もう行っちゃおうよ!」
「行っちゃう!?」
「行こう!」
テンション高めの会議を終え、早歩きで男性に近づいた。
若干声を高めにして、後ろから声をかける。
「あ、あのー……」
私の声に気がつき、男性が振り向く。
彼の右手には、グラスが握られていた。
中にはピンク色の液体が入っている。これは多分……。
「いちごミルク……?」
「えっ……」
コーヒー、それもブラックを予想していたところに、まさかのいちごミルク。
サングラスをかけたかっこいい長身男性が、いちごミルク。
このギャップがとても魅力的に思えた。是非ともお近づきになりたい。
「あ、あの! よかったら、少しお話を……!」
勢いに任せてそう言ったところで、店員が男性に声をかけた。
男性は、「失礼」と言ってから店の方を向き、もう一度、私たちを見てくれた。
そのときには、彼の両手はグラスで埋まっていた。
左手で持っているグラスの中身も、ピンク色。
つまり、2つともいちごミルク。
女性が好みそうな甘い飲み物を2つ、お揃いで。
よく見れば、左手の薬指には指輪。
絶対にイケメンだと教えてきた私たちの勘は、こうも言っている。この人、既婚者だ……と。
予感が的中したことを、すぐに知ることになる。
「申し訳ありませんが、妻を待たせていますので」
柔らかな口調。優しげな声。でも、私たちの「お誘い」ははっきりと断られた。
やっぱり既婚者だった……!
この人をこれ以上引き留めるのは無理だろう。
逆ナンに失敗したようなものなのに、嫌な気持ちにはならない。
なんだろう、この……。声を聞かせてもらえただけで、少しでもこちらを見てくれただけでも嬉しい……みたいな感じ……。
「では、失礼します」
サングラスのせいで見えないけど、男性が目を細めてくれた気がした。口元は弧を描いている。
「は、はいっ……!」
至近距離でそんなものを浴びたら、こう返すだけでいっぱいいっぱいだ。
これでサングラスなしだったら、言葉すら出なかったかもしれない。
男性は私たちの横を通り過ぎ、早歩きで進んでいく。奥さんのところに向かうのだろう。
残された私たちは、余韻に浸りながらも静かに興奮していた。
「いちごミルク頼もうかな……」
「私も……」
「あの人と同じものを飲みたいよね」
「わかる……」
少し話せただけで嬉しい。同じものを飲みたい。
そんな風に思わせる魅力のある人だった。
彼の名前なんて、一生知らずに終わるのだろう。
***
「アイナ、やっぱり離れないようにしようか」
「へ?」
「せっかくの休暇だからね。なるべく一緒に過ごしたいんだ」
「ん……。私も」




