8 観光先で見つけた可愛い子には、当然のようにツレがいた しかも旦那だった
突然のモブ男性視点です
こつこつ資金を貯め、男五人でやってきた観光地。
2泊3日の初日からビーチに入り浸り、女の子とお近づきになろうと声をかけ、全敗。
旅先で見つかる恋なんてものは、そうそうないようだ。
流石に心も折れ、最終日の今日は商店街で過ごしていた。
出会いを求めず、男だけでぶらつくのも悪くなく。
最初からこうしていればよかったんじゃないか。仲間と馬鹿やってるだけでいいんじゃないか。
そんな風に思い始めたときだった。
視界の端で、なにかが光った……気がした。
光の正体を知りたくて、そちらに顔を向けると――
「……!」
太陽の光を受け、美しく輝く金の髪。
腰ほどまであるそれは、風に揺られて柔らかくなびいている。
光って見えたのは、この綺麗な髪だろう。
その持ち主の女性が着るのは、水色のワンピース。足首まで届いており、足は見えない。
白いボレロを羽織っているために腕もあまり出ていない。
胸元もしっかりガードされていて、谷間なんて見えそうにもない。露出がなくても、胸が大きいのはわかる。
水着姿の女性ばかり見ていた男からすると、清楚なこの姿の方が刺激が強かった。肌が見えない分、想像が膨らんでしまうのだ。
思わず足を止め、道の端に立つその人をじっと見つめてしまう。
女性はぼんやりと下を見ているだけで、近くに男がいる様子はない。
一人で観光地に来ているとは考えにくいが、地元の人が散歩しているだけの可能性だってある。
ここは、ちょっとぐらい夢を見たいところだ。
それからどれくらいの時が経っただろう。
随分長い時間だったような、ほんの数秒のような。
もうそんなこともわからないけど……胸が高鳴ってどうしようもない。
こちらの視線に気がついたのか、女性が顔を上げる。
ようやく見ることの叶った彼女の瞳は、よく晴れた空のように、澄んだ水色をしていた。
一目惚れ。
そんな言葉がふわさしい状況だった。
なんでしょうか、と言いたげに軽く首を傾げられ、更に惹かれた。
可愛くて清楚で小柄。でも、胸は大きい。雰囲気も動作も上品だ。
年齢はこちらより少し下の、20歳いくかどうかぐらいに見える。成人年齢の17歳は超えているはずだ。
気がつけば、その人に近づき、なんとか声を絞り出そうとしていた。
「あ、あの……!」
ようやく出てきた言葉は、それだけだった。
ビーチでは、もっと気軽に女性たちに声をかけていたはずなのに。
本当にときめいたとき、人はこんな風になるのだろうか。
少し驚いた様子を見せながらも、彼女が口を開く。
この人の声が聞ける。きっと、声も可愛いんだろう。
そう期待したものの、俺の耳に届いたのは男の声だった。
「妻になにか?」
背後から聞こえたそれは、とても柔らかで心地よい低音だった。
その声色とは対照的に、背中には威圧感が突き刺さる。
あと一歩でもこの女性に近づいたら、消される。何故かそう確信できた。
恐る恐る振り返れば、そこにいたのは、俺より身長の高い茶髪の男。
両手には、ピンク色の液体が入ったグラス。
サングラスをかけているため、目は見えない。
それでも輪郭や鼻筋、まとう雰囲気からわかる。絶対に顔の作りがいいと。
ついでに一般の人間ではないことも伝わってくる。
こちらの動きを止めた男は、すたすたと女性に近づき、片方のグラスを渡した。
「買ってきたよ」
「これは……。いちごミルク?」
「うん」
「やった、ありがとう」
そんなやりとりだけが聞こえてくる。
女性の声を聞くことはできたけど、もはや男の背中しか見えない。
完全に終わった。一言も交わせないまま、なにも始まりもせず、この恋は終わった。
こんなもの、割り込めるはずがない。潔く立ち去ろう。
ゆっくりと歩き始めると、前方から仲間たちがやってきた。
一人足りないことに気がついて、戻ってきてくれたようだ。
合流すれば、なにをしていたのかとつつかれる。
一目惚れした直後に瞬殺されました……なんて話す気にはなれないから、適当にごまかした。
仲間たちと進みつつ、バレないよう小さく溜息をつく。
そうだよな。あんな人、男が放っておくわけないよな。
可愛くて綺麗だったなあ。名前ぐらい知りたかった。
そう考えたものの、すぐに男が発していた威圧感を思い出し、瞬殺されてよかったのかもしれないと考え直す。
少しでもあの人に触れたりしたら、どうなっていたことか。
あれはもう、殺気の域だ。
***
このとき出会った夫婦が、愛妻家として有名なジークベルト・シュナイフォードと、その妻・アイナだったとは、この男には知る由もない。




