7 気が早いのはわかっているけれど
「んー……。どっちにしよう……」
サンドイッチ屋さんのメニュー前で、私は頭を悩ませていた。
迷い犬レオくんの件も落ち着き、私たちは観光を楽しんでいた。
お昼の時間が近づいてきて、今日は外で昼食を済ませることになり……わくわくしながらやってきたのが、この店だ。
数年前に見つけて以来私のお気に入りで、この地に訪れたら一度は来るようにしている。
カウンターで注文し、店内で食べるか持ち帰るかを選ぶタイプの店で、分類としてはいわゆるファストフード。
日本の庶民としての感覚も残っている私からすると、高級店より落ち着くような気がしている。
ラティウス家やシュナイフォード家。地元で行きつけのレストラン。
そういったところで食べるご飯も、もちろん美味しい。
でも、こういう店も好きなのだ。
「生ハム……。エビ……」
ジークベルトに希望を聞かれ、迷わずこの店を選んだ。
店の前まで来た私は、生ハムを使ったサンドイッチにするか、それともエビメインのものにするかで悩んでいた。
ここのサンドイッチは、コッペパンのような形のパンに具材が挟んであり、野菜もたっぷり入っていて美味しい。
普通の観光客として食事をとる機会は少ないうえに、ここは個人経営店だから、他の場所にはない。
悔いのないよう、なにを食べるかしっかり吟味したいところだ。
看板と睨めっこする私を見て、ジークベルトが笑う。
「両方頼んでもいいんじゃないかな?」
「2つは食べきれないだろうし……」
「残ったら僕が食べるよ。僕は1個じゃ足りないから、2つ頼もうと思ってたんだ」
「じゃあ、両方いこうかな……?」
「うん、そうするといいよ」
彼にだって、自分の希望ぐらいあるはずだ。
あの店に行きたいとか。生ハムやエビより、お肉たっぷりのものが食べたいとか。
なのに店選びもメニュー決めも譲ってくれた彼の優しさへの感謝と、今食べたいものを両方味わえる喜びとで、自分の顔がぱっと明るくなるのを感じる。
「ジーク、ありがとう」
「……その顔が見られれば、僕は十分」
「え、そんないい顔してた……?」
「してた」
「そ、そう……。……ジークは、自分の分なににするか決めた?」
そんなに喜んでいるように見えたんだろうか。ちょっと恥ずかしい。頬に熱が集まるのを感じながら、メニューへ視線を戻した。
僕はこれかな、と彼が指差したのは、しっかりお肉が入っていそうなもの。この店のメニューの中では、ジャンクフードっぽさが強めだ。
自分で連れてきておいてなんだけど、この人もこういうものを食べるんだなあとしみじみしてしまった。
学生のとき、自分たちで雑に夜食を作っていたらしいから、おそらくその頃の影響と……庶民感覚の抜けない私のせいだろう。
ジークベルトとは幼い頃から一緒だったし、本人も自分の立場をひけらかしたりしない。
だからプライベートで意識する場面は少ないけれど、この人は王族なわけで。
そんな人に屋台の串焼きを食べさせたこともある私って……となんともいえない気持ちになってくる。
ちなみに、私の方が食べるのが上手かった。経験値の差だ。
「……ジークって、学生のときは『ジークベルト』って呼ばれてたんだっけ」
「そうだよ」
「夜食を作ってくれって、たかられたりもしたんだっけ」
「そうだけど……。突然どうしたんたい」
「本人がそういう感じを望むタイプだってことで……」
「えーと……」
なんの話かなと疑問を投げかける彼を無視し、一人うんうんと頷いた。
本人が気さくなタイプなんだから、ごく普通の夫婦のように食事をとるぐらいなんの問題もない。親しみやすいと国民に評判だったりもする。
この人を庶民っぽくしてしまったなんて、今更気にしなくていいや。
「メニューも決まったし、注文しちゃおうっか」
これでいいんだと自分の中で話を終わらせ、ジークベルトの手を取ってカウンターへ向かう。
彼は何がなんだかわからないようだったけど、追及せずについてきてくれた。
3つのサンドイッチに、ドリンクとポテトを2つずつ。
それらを乗せたトレーを持って席に着き、食事を始めた。
3分の1ほど食べた生ハムのサンドイッチを一度置き、エビの方に手を出した。ああ、どちらも美味しい。
両方食べさせてくれた彼に感謝しながら、目線を落とす。トレーに置いたはずの生ハムサンドが、姿を消していた。
「あっ……」
「えっ……」
私に続いて、ジークベルトからもぽかんとした声が。
彼の手元へと視線をうつす。まだ食べるつもりで残しておいた生ハムサンドは、夫に完食されかけていた。
色々察したのか、彼は気まずそうに視線を泳がせる。
「あ、あー……。買い直そうか?」
「んー……」
生ハムサンドをもう1個。それも魅力的だ。なんなら、違うサンドイッチを注文したっていい。
少し考えて、いいことを思いついた。
「今日はもういいから、来年も2つ選ばせてくれる?」
「3つでもいいよ」
「じゃあ、次は全部私セレクトで」
「肉系のものもあると嬉しいな」
「そこは来年の私次第」
そんなことを言いつつ、来年の私は、彼が好きそうなものも選ぶのだろう。
この店に来たとき、私が喜ぶ顔を見ることができればいいと、彼は言った。
それは私も同じなのだ。私だって、この人の嬉しそうな顔が見たい。
「来年も楽しみ……」




