4 夫探しから始まる朝
「いない……?」
休暇二日目の朝。
私が目を覚ましたとき、隣で寝ていたはずの夫の姿はなかった。
早起きな彼のことだから、朝ご飯でも作っているのかもしれない。
そう思い、特に慌てずベッドからおりた。
軽く身支度を整え、一階のリビングを目指す。
朝食を作る音や匂いが届くと思っていたけれど、そんなことはなく。
なにも感じられないまま、リビングに辿り着いた。
リビングにも、キッチンにも、ジークベルトはいなかった。
「ジーク……?」
二階に戻って各部屋を確認してみても、彼の姿はない。
もう一度一階へ行き、窓の外も確認してみる。ウッドデッキ。誰もいない。庭。やっぱりいない。
あの人が私をおいて姿を消すなんて、絶対にない。絶対にないってわかってる。
けど、一緒に寝ていたはずの人がいなくなれば、少しは不安になるもので。
いつもなら使用人が行先を教えてくれるけど、今は二人だからそれもない。
「警備の人なら、何か知ってるかな……」
ウッドデッキでそうぼやいたとき、海風に乗って誰かの声が届いた気がした。
「……?」
身体を乗り出し、庭の先……砂浜を見てみる。
そこには、手を振りながら走るジークベルトの姿があった。
「いた……」
軽く手を振り返し、ジークベルトに応える。私の口からは長い長い安堵の息がもれた。
そのまま待っていると、彼が私の前に辿り着く。少し息は乱れていて、汗もかいている。色っぽく見えてしまうのがなんとなく悔しい。
世の女性たちが彼のこんな姿を見たら、黄色い悲鳴を上げるだろう。
「おはよう、アイナ。ちょっと運動してたんだ」
「ん、おはよ……」
「アイナ?」
ウッドデッキに上がってくるジークベルトと、目を逸らす私。
彼がこちらを覗き込んできたから、身体の向きを変えて抵抗する。
ドキドキしていることを、悟られたくなかった。
「……朝ご飯、用意するからその間に汗を流してきて」
「わかったよ、ありがとう」
彼がすっと横を通り抜けていく。その途中で私の髪を手に取り、恭しく唇を落とした。微笑みのおまけつきだ。
彼が室内に入ったことを音で確認。こらえ切れなくなり、私からは変な声が漏れた。
「ん゛ー……」
出会いからは……多分、20年ぐらい。
私が前世の記憶を取り戻したのが13年前。
ジークベルトのことをまた好きになって、この場所で想いを通じ合わせたのが5年前。
彼が家を任され、結婚したのがわりと最近。
幼い頃から一緒だった男の子は、徐々に成長してゆき、気がつけば立派な男性になっていた。
去り際に髪へのキスなんてことを、さらっとやるぐらいには。
ほっぺたへのキスで大騒ぎしていたころとは大違いだ。
「……朝ご飯、作ろう」
恥ずかしいことまで思い出しそうになり、考えるのをやめた。
朝ご飯を作り終えた頃、シャワーを終えたジークベルトがリビングにやってきた。
上半身は裸で、タオルをかけただけだったから、「着て!」と服を投げつけた。
ちなみに、服はわざわざ二階まで行って調達してきたものだ。
布だからさほど飛ばず、床に落ちたそれを自分で拾って彼に手渡した。
「アイナ、暑いからもう少しだけ……」
「……着るまで朝ごはんはなし。もうできてるから、早くしないと冷めちゃうけど」
「着る」
「よろしい」
朝食の存在をちらつかせれば、彼はいそいそとシャツに腕を通した。
服を着た彼と一緒にご飯を食べたら、ソファに並んで座って食休み。この後は、二人で買い物に出る予定だ。
海辺の町なだけあって、この辺りには美味しい海産物がたくさんある。色々食べるのが今から楽しみだ。……買いすぎには気を付けたい。
「今日はなにを買おう……」
「エビ、牡蠣。その他海の幸」
「た、食べ物だけの話じゃなくて……」
「今のは、食べ物のことを考えてる顔だったよ」
「……当たり」
「やっぱり。子供の頃からずっと君のことを見てきたからね。この後、食材を買いすぎる姿も見えるよ」
「そうなる前に止めて……?」
「どうしようかな?」
「もう……。私で遊ばないで」
拗ねたような声を出しながら、ジークベルトに少し乱暴に身体を預けてみる。
軽くぶつかるような形になったけど、すっかり大人になった彼はびくともしない。
それがなんだか嬉しいような、悔しいような。
ぐいぐいと押し込んでみても、ジークベルトは平然と笑っている。甘えられて嬉しいという雰囲気全開だ。
「アイナ」
「ん……」
「頑張って食べるから、好きなだけ買っていいよ」
「甘やかさないで……」
そうは言ってみたけれど、買い物に行ったら、私はこの人に甘えてしまうんだろう。荷物持ちと化した夫の姿が見える気がした。




