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4 王族男子の無自覚必殺技

「いらっしゃい、アイナちゃん!」

「こんにちは、ライラおばさま。本日もよろしくお願いします」


 少し汚れた白いシャツ。その上にはピンクのエプロン。

 年齢は40いくかどうかぐらい。

 声も動作も大きめで、貴族の女性に比べ乱暴な印象も受ける。

 でも、とても優しい人。

 それが、この国の平民として暮らすライラおばさまだ。


 私は今、とあるガラス工房を訪れていた。

 机に向かっての勉強も大事だけども、座学だけでは理解できないことも多い。

 なら実際に見に行けばいいと考え、半年ほど前から商店や工房に出入りしている。

 最初は家族に内緒でこっそり、できれば町の人に正体は明かさずお忍びで……なんて思っていたものの、隠密行動は苦手だったために家から話を通して受け入れてもらった。

 

 このガラス工房の旦那さんが職人組合の組合長をやっていることもあり、おばさまには特にお世話になっている。

 日本の庶民だった記憶もある私としては、貴族の女性と接するより楽だったりもして……。

 何度も出入りするうちに、すっかり親しくなってしまった。


「アイナちゃん、今日は何をす……る…………」


 私の顔に向いていたライラおばさまの視線が、横にスライドした。

 それと同時に、元気だった声がしぼんでいく。


「おばさま?」

「ア、アイナちゃ……アイナ様、そちらの……おぼっ…………。お連れの方は……」

「あっ……」


 おばさまの動揺っぷりを見て、「彼」の紹介をしていないことに気が付いた。

 普段は私と使用人だけでお邪魔しているけど、今日は違う。

 私の隣には、どこからどう見ても身分の高い子供にしか見えない人が立っているのだ。


「おばさま、『彼』は……」


 慌てて紹介しようとすると、本人が一歩前に出た。


「初めまして。私はジークベルト・シュナイフォード。アイナの婚約者です」

「アイナ様の婚約者って……たしか……。この国の……おうじ、さま……?」


 正体を隠す気なんてない、堂々とした自己紹介だった。

 おばさまは小刻みに震え、ジークベルトはいつも通りにこにこと微笑んでいる。

 ちょっと感覚がマヒしていたけど、いきなり王族なんて連れてこられたら、そりゃあびっくりするよね……。

 しかも、王族の婚約者兼公爵令嬢をちゃん付けしているところも見られたわけで。

 おばさま、本当にごめんなさい。

 どうしたものかと考えた私の口から最初に出た言葉は、


「正確には違いますが、かなり王子に近い人、ですね……」


 だった。

 こう言えば少しは気持ちが楽になるかと思ったけど、おばさまの震えは止まらなかった。



***



 話は1時間ほど前にさかのぼる。

 ガラス工房に向かう準備を整えた私は、ちょうどいい時間になるまでラティウス邸で待機していた。

 そろそろ出ようかなあなんて考えていると、唐突にジークベルトが現れる。

 なんでも、近くを通ったからちょっと寄ってみたとか。

 婚約者、それも王族がわざわざやってきてくれたのだから、先約を破ってでもお相手した方がよかったのかもしれない。

 でも、そこまで頭が回らなかった私は――


「ごめんなさい、ジーク。私、今から出かける予定があって……」


 と言い放ってしまった。

 私の言葉を受け、ジークベルトが少し目を伏せる。

 ……そんなに寂しそうにされてしまうと、申し訳ない気持ちになってしまう。


「……そっか。突然の訪問だったし、仕方ないね。ところで、どこに行くんだい?」

「えっと……前にも何度か話した、ガラス工房なんだけど」

「ああ、町に出るんだね。……僕もご一緒できたりするかな」

「え? ジークも?」

「うん。よければ一緒に連れて行って欲しいんだ。僕も自分の目で見て物を考えたいと思うし、君がお世話になっている人たちにも、挨拶をしておきたいからね」


 彼の言うことは理解できる。

 私も、自分の目で見たいと思ったから外に出たんだ。

 挨拶をしたいと思うのもおかしいことじゃない。

 でも、こちらの都合で勝手に人を増やしちゃうのはなあ……。

 どうしたものかと悩んでいると、私の左手が誰かに持ち上げられた。

 誰かって、目の前にいる彼、ジークベルトだ。

 そのまま彼の胸の前まで持っていかれ、ぎゅ、と両手で包まれる。

 そして、くりくりの黒い瞳を悲しげに揺らした彼は、声量を落として弱々しくこう言った。


「……アイナ。もう少し、君と一緒にいたいんだ」

「……っ!」


 か、可愛い……。

 男の子だってわかっているはずなのに、とびきりの美少女にお願いされている気分になってくる。

 牛乳をたっぷり入れたミルクティーみたいな色をした髪は、いつだって短く整えられている。

 服装だって、シャツの上にベストやジャケットを羽織っていることが多く、下もズボンだ。

 髪を伸ばした姿も、スカートをはいた姿だって見たことがない。

 でも……!


「アイナ……」


 きゅーん……って鳴き声が聞こえる気がした。

 女子高生だった記憶もある私からすれば、小学生にあたる年齢の彼は年下の男の子だ。

 年下の美少女みたいな子に、こんなお願いをされてしまったら……。


「いっしょに、いきましょう……」

「!」


 これはもう、負けちゃうのは仕方ない。

 ジークベルトの表情がぱあっと明るいものに変わる。今にも泣きだしそうだったのが嘘みたいだ。


「じゃあ行こうか」

「う、うん……」


 こうして婚約者の可愛さと勢いに押された私は、約束の場に王族を連れ込んでしまったのだった。

 ちなみに、お願いされたときに握られた私の左手は、馬車に乗り込むまで離してもらえなかった。

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