13 ジーク視点 包まれているのはお互い様という話
「……」
帰宅してすぐに渡された、一枚の絵葉書。
そこには、いかにもな雰囲気の南の島が描かれている。
父の字で書かれた、ちょっとしたメッセージつきだ。
南の島でバカンス中の両親から、時々こうして葉書が届くのだ。
それを自室の机の引き出しにしまいこむと、少しだけ、つきんと頭が痛んだ。
僕の不調を感じ取ったのか、すぐそばにいたアイナが覗き込んでくる。
「どうしたの?」
「……両親から、また絵葉書が届いてね。嬉しい、んだけど……。あの頃の恐怖が、少し頭をよぎるんだ」
「ジーク……」
18歳の頃。まだまだ子供だった僕をおいて、両親はいなくなった。
ろくな引き継ぎもなしに公務を任されて苦労したし、何より、家ごと捨てられたのではと考えてかなり滅入った。
アイナが一緒にいてくれなかったら、潰れていたかもしれない。
半年ほど経ち、両親は公務のために家を出たのだと判明したけれど――こうして絵葉書が届くたびに、あの頃のことを思い出してしまう。
捨てられたのかもしれない恐怖。
危険な地域へ行く両親の無事を願い、怯える日々。
それらが脳裏に蘇って、少し辛くなる。
そんな僕をじっと見つめていたアイナが、一言。
「ジーク。こっちを向いて座ってくれる?」
「う、うん」
椅子を動かしてアイナの方へ向けると、そこに腰掛けた。
すると、優しい香りと柔らかな感触に包まれる。
目の前に立つアイナが、僕を抱きしめてくれたのだ。
ちょうど、彼女の胸が僕の顔にあたる位置になっている。
彼女の胸は、柔らかくて、あったかくて、いい匂いがした。
「アイナ……」
安堵から息を吐き、アイナの胸に頭を預けた。
彼女の温もりを感じながらゆっくり呼吸すると、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。
そうだ。両親はここにいないけど、バカンスに出ているだけで無事だし、危険な場所へ行くこともない。
最愛の人だって、すぐそばにいる。
怯える必要なんてないんだ。
「……アイナ、ありがとう」
「……落ち着いた?」
「うん。でも、もう少しこのままで」
「このくらいいくらでも。私も、少しはジークにお返ししたいんだ」
「お返し?」
「ジークには、たくさん幸せをもらったから」
アイナは優しくそう言って、僕の頭を撫でる。
彼女が幸せだと言ってくれるのは、とても嬉しい。けど、お返しだなんて。
僕は、幼い頃からずっとずっと、アイナのことが好きだった。
彼女も僕のことを好きになってくれて。今、こうして妻としてそばにいてくれる。
辛い時もずっと支えてくれたし、社交はあまり好きでないのに、王族の妻として頑張ってくれている。
お返しもなにもない。幸せをもらっているのは僕の方だ。
「アイナ、僕が君に幸せにしてもらってるんだよ」
「それは私の方だよ」
「僕」
「私」
「……」
「……」
僕の頭を抱くアイナと、彼女の胸に抱かれる僕。
姿だけ見れば甘い場面なのに、なんともいえない無言の時が流れる。
なんだか変な感じになった。
幸せにしてもらったのは自分の方だと互いに言い張り、喧嘩したような雰囲気になっている。
それでも体勢は変わらず、僕の顔は彼女の胸に埋められたままだ。
そっとアイナの腰に手を回してみれば、彼女も、ぎゅ、と僕を抱き込んでくれた。
でも、やっぱり無言だ。
「ええと……。アイナ……?」
視線を上げ、アイナの表情を確認する。
彼女は――大事な宝物を抱きしめるように、静かに目を閉じていた。
喧嘩なんてとんでもない。アイナは幸せを噛み締めていたのだ。
ああ、この人は。本当に僕のことを大事に思い、好いているんだ。
わかっているつもりだったけど、こうして実感すると、嬉しくてたまらない。
僕も目を閉じ、すり、と頭を擦り付けた。
「アイナ」
「ん……」
「また、こうしてくれるかい?」
「もちろん」
「それは頼もしいな」
「……ジーク。そばにいるからね」
「……ありがとう」
次に葉書が届いたときも、気持ちが不安定になるかもしれない。
でも、彼女がいればきっと大丈夫。
「……君がいてくれて、本当によかった」
次回から夏季休暇編。
ジークの夏季休暇を使って、二人で海辺の別荘へ行くお話です。
突然のモブ視点や護衛の女性視点もあり。
祖父母の弾丸お惚気をしっかり受け継ぐ孫・ジークベルトと、仕事の邪魔しないの!と旦那を叱るアイナがいたり。
子や孫に惚気が長すぎてめんどいと言われるようになりそうな男・ジークベルト 血は争えない




