10 ジーク視点 自分の心が狭くて困るという話
「アイナ、これは?」
夫婦の部屋に戻ると、ガラスで作られた花が視界に飛び込んだ。
花瓶に入れられて、棚の上に飾ってある。
昨日まではなかったものだ。
「それね、今日、マテオさんにもらったの」
「へえ……」
今日のアイナは、僕がいないあいだ町に出ていたようだ。
彼女が口にした名前に、僕の顔が若干引きつった。
マテオという男性は、アイナが10代の時から懇意にしているガラス工房の人で、年齢は僕たちよりちょっと上。
アイナが23歳となった今でも、交流が続いている。
僕も、この国の人たちにそれなりには慕われている……と思う。
けど、アイナは個人的に町の人たちと接していただけあって、僕より近い距離で親しまれている。
アイナちゃんと呼ばれていることもあるぐらいだ。
この国は身分差に寛容なため、本人や周辺の人がそれで構わないなら罰などもない。
夫の僕も、学校では呼び捨てにされていた。妻がアイナちゃんと呼ばれていることにどうこう言うつもりはない。
僕は、アイナの垣根のないところも好きだ。
でも、たまに男性から贈り物をされたりもしており、複雑な気分だったりする。
彼らの方に、アイナを略奪する気などないだろう。
既婚者なことはもちろん、僕らが仲のいい夫婦だということも知っているはずだ。
王族の妻となった女性に手を出せばどうなるかも、きっと理解している。
だから多分、この贈り物にも深い意味はない。
彼らは、異性としてではなく、人としてのアイナを慕っているだけ。きっとそうだ。
もちろんアイナも、彼らに対して恋愛感情は抱いていない。
全く意識していないからこそ、無邪気にこの部屋に飾っているのだろう。
そう。そのはずなのだけど。
「マテオさんってば面白いんだよ。ジークベルト様が相手じゃあ勝てないな、なんて言って……」
「へえ……?」
雄としての僕が警鐘を鳴らす。じわっと湧き上がる独占欲。警戒心。相手を排除したい気持ち。
勝てないとわかっているならよしとしたいけど、僕の心は狭い。
くすくす笑うアイナとは対照的に、僕の表情は渋くなる。
アイナが町の人に親しまれているのは、とても嬉しいことのはずだ。
個人的にもそう感じるし、そんな彼女が妻だからという理由で、僕も動きやすくなっている面はある。
だから、ちょっと贈り物をされるぐらい、なんてことはない。彼女が親しまれ、慕われている証拠だ。
そう思いたい……んだけど。やっぱり、僕の心は狭かった。
「アイナ」
「ん?」
彼女の左手を取り、薬指にはめられた指輪に唇で触れる。
この指輪を贈ったのも僕。
揃いのものを身につけているのも僕。
彼女にこうしてキスをすることができるのも、僕だけ。
アイナにとっての特別は、僕だ。
彼女がぽっと頬を染める。
「ジーク……?」
「アイナ、愛してるよ」
アイナは水色の瞳に僕を映し、小さな声で「私も」と返してくれた。
この言葉を彼女に伝えることができるのも、同じ気持ちを返してもらえるのも、僕だけだ。
***
その晩、僕の腕の中でまどろむ彼女にこう提案した。
「アイナ」
「んー……?」
「あのガラスの花、違う部屋に飾ってもいいかい?」
「うん……。大丈夫」
「じゃあそうしよう」
見事なガラス細工だった。せっかくの贈り物なのに申し訳ないけれど――相手が誰であろうと、どんな気持ちだろうと、僕の心に余裕はない。




