6 夫が初恋泥棒だという話
「いらっしゃい。ジークベルト、アイナちゃん」
「お久しぶりです、ナターシャ姉さん」
私もジークベルトに続く。
ナターシャさんは、私たちより8つ上の、ジークベルトのお姉さん。
ジークベルトと同じ茶色い髪は長くふわふわ、黒い瞳は少し垂れていて、おっとりした美人さんだ。
弟のジークベルト曰く、実はそうでもないとかなんとか。
今日は、ナターシャさんが嫁いだ家が開くお茶会に参加していた。
この会の目的は子供同士の交流。大人の私たちは、サポート役を兼ねて招待されたのだ。
ナターシャさんには7歳の息子と5歳の娘がいて、今回はナターシャさんの娘・エーリカちゃんが最も幼いそうだ。
ジークベルトのもう1人の姉・ミリーナさんにも子供がいて、親子で参加している。
シュナイフォード家の姉弟が揃った、なかなか豪華な保護者枠だ。
ナターシャさんとその夫が開会を宣言すれば、まだ幼い子供達はお菓子を食べながらきゃいきゃいと話し出す。
なにか起きたらすぐに対応できるよう、夫婦で会場を回っているけれど、今のところ心配はなさそう。
……なんて思っていたら、近くの女の子が転んだ。
子供は頭が重いから転びやすいという話は本当らしい。私も幼い頃はよく転んだものだ。
そんなことを考えつつも、ジークベルトと一緒に女の子のほうへ向かう。
今にも泣き出しそうなその子に、ジークベルトが片膝をついて手を差し出した。身長差を考慮しての体勢だろう。
「大丈夫かい? どこか痛むところは」
「は、はいっ……! 大丈夫です……!」
女の子がジークベルトの手を取って立ち上がる。
なんとなくだけど、7歳ぐらいかな。
まだ幼いその子は、ぽっと頬を染めてキラキラと目を輝かせていた。
この表情、この場面は、なんというか……。
「あの、あなたは……?」
「僕? ジークベルト・シュナイフォードだよ」
「ジークベルト様……!」
ああ、やっぱり。王子様に出会ってしまった女の子の図だ。
この会には、子供同士で交流していい人を見つけてね、という意味もある。
それなのに、保護者枠の大人が一人落としてしまった。
続いてもう一人。更に三人目、四人目、と女の子の頰を染めさせていく。
子供だらけの場に、20代前半の顔がよく優しいお兄さんを放り込んだら、こうなるのかもしれない。
年上の王子様のような感覚だろうか。実際、王子様に近い人ではある。
女の子たちに名前を呼ばれ、ジークベルトはにこやかに手を振って応えた。黄色い声があがる。
多くの子がジークベルトに夢中で、年上男に女子を取られた男の子たちが可哀想になってきた。
私はわざと大きなため息をつき、隣を歩く彼に一言。
「……初恋泥棒」
「えっ?」
「これ以上盗まないように、じっとしてて」
「ええ……」
ジークベルトを壁に配置してみる。女の子が集まってきた。
移動させてみる。彼に合わせて女の子たちの視線が移動した。
最終的に、ジークベルトは会場から追い出された。
趣旨の妨げになったとして、ジークベルトはこういった会に呼ばれなくなるのだった。




