4 夫がザルだという話
「うーん……」
「アイナ、水だよ」
「ありがとう……」
会場から出た私たちは、小さな部屋で休んでいた。
身体が熱くて、頭はぼやっとする。ふらふらして歩くのもままならない。
そんな私を、ジークベルトは優しく介抱してくれた。
これが、私の20歳の誕生日パーティーでの思い出。
この国ではお酒は20歳から。
前世は日本に住む18歳だったため、どちらの世界でもお酒を飲んだことはなかった。
20歳の誕生日を迎えた私は、グラスに注がれたシャンパンに目を輝かせる。お酒解禁をずっと楽しみにしていたのだ。
当然出席していたジークベルトは誕生日が遅いため、ノンアルコール。
私もようやく20歳まで来たんだなあと感慨深く思いながら、シャンパンを口にした。
結果は惨敗。
最初の一口から、えっお酒ってこんな……!? と思った。
ほんのちょっと口に含んだだけなのに、かあーっと身体が熱くなる。
それなのに、無茶をしてグラス一杯分飲み干してしまった。
一口でもダメなものをそれだけ飲んだら、ふらふらになるのは当然で。自分の誕生日パーティーだというのに、会場を抜けることになった。
それも、当時婚約者だったジークベルトまで付き添わせて。
23歳となった今も、私はお酒に弱い。なので、基本的に外では飲まないようにしている。
対するジークベルトは。
「アイナ、それ……」
「お酒みたい」
とあるパーティーにて。
ジークベルトと離れている間に、グラスを渡されてしまった。
詳細はわからないけど、臭いからしてアルコールだろう。
ジークベルトは迷うことなく私の手からグラスを取り、軽く香りを確認してからくいっと飲み干した。
「ジーク、そんな一気に大丈夫?」
顔を近づけただけで度数の高さが伝わる一杯だった。私からすれば、臭いだけでもきついもの。
そんなものを一気に飲み干した彼を心配すれば、
「うん?」
ときょとんとした顔で返される。続く言葉はこうだ。
「お酒は君に渡された分も僕が飲むから、心配しなくていいよ」
水を飲んだ後と変わらない、涼し気な表情。
このジークベルト・シュナイフォードという男は――いわゆるザルだった。
とはいえ、彼はアルコールを特別好んでいるわけではない。
付き合いの場や、もらいものがあったときに嗜むぐらい。
頑張って耐性をつけたわけではなく、最初からお酒に強かったのだ。
いくらお酒を渡されようと注がれようと、それらを全て飲み干しても顔色1つ変えない。
私の分も飲んでいるから、結構な量になっているだろう。
酔っての失言等が起こらないとかで、彼としては都合がいいらしい。
弱めのカクテル一杯でぼやっとしてしまう私からすると、羨ましいを超えてちょっと怖い域だ。
この人は、初めてお酒を飲んだときもけろっとしていた。
彼の20歳を祝うパーティーには、婚約者の私ももちろん出席した。
今度はジークベルトにシャンパンが、私にはノンアルコールの飲み物が用意された。
先にお酒を経験していた私は、どうなってしまうのかとハラハラしたものだ。
「ジーク、大丈夫?」
ジークベルトにこそっと話しかける。
「何がだい?」
「お酒、初めてでしょ? 酔ったりしない?」
「んー……。大丈夫みたいだよ」
「熱いとか、気持ち悪いとか、ふらふらするとかは?」
「特にないなあ。強いて言うなら……味はそんなに好きじゃない。慣れだと思うけどね」
「そ、そう……」
その後、彼はパーティーの主役としてお酒を与えられ続け、しっかり飲み、何事もなかったかのようにシュナイフォード家の離れへ戻った。
帰宅後も至って普通。酔っている様子はなかった。
その時の私の感想は、ええ……? なにこれえ……? だった。
***
時は今、23歳の私たちに戻る。
夫婦の部屋にワインが持ち込まれた。
ジークベルト曰く、もらいものだそうだ。
彼が飲めると知っている人は多いため、こういったことは珍しくもない。
その日、私は赤ワインを嗜む彼の隣で葡萄ジュースを飲んだ。
色だけでも近づけて、一緒に楽しんでいる気分を味わうためだ。
ちまちまとジュースを飲む私の横で、彼はついでだからと他のお酒も開栓していく。
ジュースしか飲んでいないのに雰囲気酔いした私と、ワインを数本開けたのにぴんぴんしているジークベルト。
介抱されたのは、お酒を一滴も飲んでいない私だった。




