3 美少女時代もよかったけど、やっぱり今が好き という話
「暑い……」
ソファーに転がり、弱々しい声を出すのは私の夫、ジークベルト・シュナイフォードだ。
彼は先程まで、シュナイフォード家の敷地で走り込みを行なっていた。
運動後のシャワーまで済ませても、身体の熱が引かないようだ。
この人は、空き時間を見つけては身体を作っていたりする。
運動神経もよく、スポーツは何をやらせても人並み以上。
前世も今も文のみの私と違って、この人は文武両道なのだ。
ちょっと妬ましくもあるけれど、私は彼のそんなところも素敵だと思っていた。それはそれとして――
「ジーク、服」
「暑いんだ……」
世の中では憧れの王子様扱いの彼は、今、上半身裸だった。
流石に下は履いている。
二人きりのときのみだけど、この人は暑いとこうして半裸になることがある。
正直、目のやり場に困る。何度も見たことがあったって、困るものは困るのだ。
女性なうえに運動は得意でない私と、ある程度鍛えている男性のジークベルト。
身体の作りにはかなり差がある。
服を脱ぎ、肉体を晒されてしまうとその違いを意識せざるを得ない。
なので私は、今の彼をあまり視界に入れないように立っていた。
「なにか着て」
「君は本当に慣れないね……」
「ジークだって、私が裸でいたら困るでしょ」
「……」
ジークベルトがのそのそと上半身を起こし、無言で私を見つめる。
彼の目線が、私の上から下まで移動するのがわかった。
「ジーク……?」
「君も脱げば解決するんじゃ……」
「バカ。脱がないし解決にならない」
「騙されてはくれないか……」
「騙そうとしないで」
「ははは」
「笑って誤魔化そうとしてもダメです」
「ダメかあ」
悪びれる様子もなく彼が笑う。
いくらなんでも、「確かに私も脱げば裸同士で解決だね!」にはならない。
服を着たくないだけ、私の裸を見たいだけのくせに何を言っているのか。
「あんなに可愛かったのに、妻を騙そうとする悪い男になっちゃうなんて」
「可愛かったのは顔だけだと思うよ」
「可愛かった自覚はあるんだ」
「美少女扱いされていたからね……」
ジークベルトはどこか遠くを見ていた。
そういえば、お姉さんたちに女装させられた過去もあると聞く。
180センチを超え、身体も出来上がっている今だけ見れば、美少女のような姿は想像しにくいだろう。
幼馴染の私は、彼の美少女時代も、青年として成長していく過程も知っているけれど。ああ……幼い頃のこの人は、本当に可愛かった。
「美少女みたいなあの子も、今じゃ立派な半裸男……」
「今の僕はご不満かな?」
「う……」
そう聞かれてしまうと、そんなことはなく。
言葉に詰まってしまった私を、彼はにこにこといい笑顔で見つめていた。
「気に入ってくれてるみたいでよかった」
気に入ってる? そんなレベルじゃない。
私は――
「……今の方が好き」
「え?」
「可愛いのもよかったけど、今のジークの方が、す、好き……。かっこよくて、男らしくて、ドキドキする……」
「アイナ……!」
「だから服を着て。目に毒なの」
「そこに落ち着くんだね」
クローゼットからジークベルトのシャツを取り出し、ぺいっと彼に向かって投げる。
布なので全く飛ばず、届かなかった。
彼は落下した服を拾い上げると、素直に着てくれた。
いそいそとボタンを留める彼は、妙に嬉しそうで。
「君がそんなに僕にときめいていたとはね」
「それは……大好きな人だし……」
「アイナ……」
「と、とにかく、服はちゃんと着ること」
「わかったよ。……なるべく気をつける」
なるべく、という部分が気になるけど、今回はこれでよしとしよう。
それにしても……。
「ん?」
私よりもずっと背の高い彼が、軽く首を傾げた。
ボタンを留める指は長く、手も大きい。
がっちりというほどではないけれど、肩幅だって私よりある。
私なんて彼の腕の中にすっぽり収まってしまう。
美少女のような可憐な少年から、こんな風に成長してしまうなんて……。
「反則……」




