15 今、私にできること
エーレンフリート様たちがいなくなってから、数週間が経過していた。
ジークベルトは父親の仕事を引き継ぎ、慌ただしい毎日を送っている。
日本でいう中高生の年齢で学生をやっていたり、別荘でのんびり過ごしたり。身近すぎていまいち実感がなかったりしたけれど、ジークベルトは王族の一員で、シュナイフォード家の跡継ぎなのだ。
順位は低いけど、王位継承権だって与えられている。
ジークベルトが青年として成長してから表に出るようになったのは、ごく最近のことだ。
成長期は学園にいたし、それより前は美少女のようだった。
だから、彼の愛らしさを知る人はいても、立派な青年になったことはあまり知られていなかった。
そうなると、世の人は突然あらわれた顔のいい男に驚いたりするそうで。
物腰柔らかな王子様、マダムキラー、婚約者一筋、幼少期と今の姿絵をセットで欲しい……などなど話題になっているみたいだ。
ジークベルトは王子じゃないけれど、それに近い立場ではある。
インターネットのある時代、世界なら、イケメンプリンスとして国を超えて騒がれていたかもしれない。
さて、その素敵な男性は、今どうしているかというと……。
「癒される……」
でろでろに溶けて婚約者に膝枕されていた。
好きな子の前ではいい男でいたい。以前はそんな風に言っていたけれど、今の彼はでろんでろんだ。
外では気を張りっぱなしなんだろうから、その反動なのかもしれない。
この姿を情けなくも思うけど、それより、可愛い、嬉しいって気持ちのほうが強い。
この日の彼は、夕方まで外出していた。
事前に帰宅時間を聞いていた私は、シュナイフォード邸を訪れ、彼を迎えるために待機していたのだ。
帰宅したジークベルトと一緒に彼の私室へ向かい、今に至る。
のんびり別荘暮らしから、一転。両親もお姉さんたちも不在の中、公務に忙殺される彼。
あまりの落差にくたくたなうえ、アイナ不足とやらが深刻だそうだ。
ちなみに、あの一か月ですっかり贅沢になってしまった私もジークベルト不足だった。
「今日もお疲れ様」
「ありがとう。君のおかげで、明日も頑張れそうだよ」
「そっか。よかった」
私は、これからもジークベルトと共にあると決めている。でも、決意したのはほんの数年前。
気持ちが定まらないまま、何年も彼を待たせていた。なのに、ジークベルトは、ずっとずっと、私を大切にし続けれくれたのだ。
私に居場所をくれたジークベルトのことが大好きだし、感謝もしている。彼を蔑ろにしてしまった罪悪感も、少し。
そんな私が、彼のためにできることってなんだろう。
「私にできることなら、なんでもするからね」
大変な状況にあるこの人の力になりたい。
私の言った「なんでも」は、外出の際に同行するとか、調べ物だとか、今みたいな癒し要員だとか、そういったものを想定していた。
けど、彼は違ったようで、
「なんでも……か……」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「私が考えてたものと違う気がする……」
「えっ、いや、はは……」
素敵な王子様と話題のこの人は、普通に男だったりする。
そういうところも含めて好きだから、今更嫌いになったりはしない。
***
「そうだ。絵葉書が届いたんだ」
「絵葉書?」
「僕の両親からだよ」
元気になったのか、彼がゆっくりと起き上がり、机に向かっていく。
引き出しからハガキを取り出すと、「見てごらん」と渡してくれた。
ハガキには、見覚えのない風景が描かれていた。
添えられている地名によると、国境付近の町で入手したもののようだ。
「……国を出るのかな?」
「そうかもしれないね。二人でゆっくり過ごしたいそうだけど、どこまで行くんだろう」
「うーん……。南の島とか?」
「好きそうだなあ、あの二人」
遊んで過ごす両親の姿でも想像したのか、彼が煩わしそうにため息をつく。
ろくな引継ぎもせず、なにしてるんだか……。そう呟く彼の顔には、寂しさが滲んでいた。
以降も、ジークベルトの元に絵葉書が届き続けた。
風景も、それに添えられた地名も、どんどん変わっていく。
移動しているのは確かなようだったけど、南の島の風景が届くことはなかった。




