13 未来の話と、すぐ近くの波乱
「別荘暮らしも、もう終わりかあ……」
ある日の夕暮れ。ウッドデッキの手すりに腕をおき、夕焼けに染まる海を眺めながら、そう呟いた。
二人一緒にここに来てから、1か月近く経過していた。
この暮らしには、ジークベルトの卒業記念の面もある。だから特別に長居が許されたのだ。
最大で1か月までと言われていたから、あと数日は滞在できる。
私はギリギリまでここにいたかったんだけれど……。先日、兄から「寂しい」「帰ってきて」といった内容の手紙が来てしまった。
流石に無視することもできず、少しだけ予定を早め、明日にはここを出ることになったのだ。
シュナイフォード家の許可は出ていたとはいえ、ジークベルトをずっとここに縛り付けるのもよくない気はしていた。
学園を卒業した彼は、次期当主として様々な経験を積まなきゃいけない。
だから、本当はもっと早く帰るべきだったんだけど……。二人での暮らしが楽しくて、戻ろうと言い出せなくなっていた。
「時間を見つけて、また来よう」
「……うん」
隣に立つ彼が、ちょっと困ったように笑った。
家に帰れば、私たちは本来の立場に戻る。
今までみたいに、食事や飲み物を自分たちで用意したり、普通の観光客として買い物を楽しんだりすることは、もうできないのだ。
大好きな人が作ってくれた朝食だって、次に食べられるのはいつかわからない。
ちなみに、朝食担当になったジークベルトは、次第に自由な発想で料理するようになり……。
最近では、よくわからないけど美味しいオムレツを作りだすなどしている。
食材や調味料はそのときの感じで入れているとかで、彼は真逆のタイプの私はちょっと悔しい気持ちになった。
謎の才能を見せつけられたことまで含めて、ここでの暮らしは本当に楽しかった。
交代で食事を作り、外食もして……。料理人を別荘に招いたりもした。
何度かバーベキューをするうちに、ジークベルトの手際がよくなっていた。
二人で買い物もした。
同じベッドで眠って、夫婦になったみたいだった。
それから、それから……。挙げ出せば、きりがない。
許されるなら、このままここに住んでしまいたいぐらいだ。
「隠居するときは、あなたと一緒にこの町に来ようかなあ」
「年を取っても一緒にいてくれるんだね?」
「当然」
「嬉しいよ。隠居目指して頑張ろうか」
「うん」
今年で18歳の二人はくすくすと笑い合う。
隠居なんて、何十年も先の話だ。まだまだ現実味がない。
でも、それだけの年月も、そこから先も。二人で一緒にいたいって気持ちは、確かにここにある。
「そうだ……。これも先の話なんだけど」
「うん?」
「あなたは、子供は何人欲しい?」
「っ……」
これも先のお話。でも、隠居よりはずっと近くにあるもの。
そもそも、私たちの婚約には、子を残せという意味も含まれている。だから、それを見据えること自体はなにもおかしくないのだ。
でも、ジークベルトを驚かせてしまったようで、彼は片手で顔をおさえ、俯いてしまった。ぷるぷる震えているようにも見える。
「ジーク?」
「……答えるとしたら、二人か三人。でも、無理のない範囲で……」
いつもより弱々しくて小さい声だったけど、しっかりこちらに届いた。
この人は、子供が複数いる家庭をご所望だ。
私にも兄がいて、彼には二人のお姉さんがいるから、想定内の答えだった。
先のことだし、色々なことが関係してくるから、それで決まりとは言えない。
でも、
「私、頑張るね!」
前向きな返事ぐらいはできる。
「ありがとう……」
そうやって意気込んで見せたけど、どうしてか、彼は私と目を合わせてくれない。
「……こういうこと、聞かないほうがよかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
ようやく私の顔を見てくれたと思ったら、彼の目線が、下へおりていく。
その動きは、私の胸でとまり――
「~~っ! ジークのバカ、スケベ」
「…………ごめん」
明日の朝には馬車に乗りこみ、それぞれの家に帰る。だから、今日が別荘暮らし最終日みたいなものなのだ。
なのに、ご機嫌斜めの私と、それを宥めるジークベルトなんて状態になってしまった。
たまにしか会えないなら、こんな余裕はなかったのかもしれない。
でも、これからがあるって、この先も一緒にいられるってわかるから、ちょっと拗ねるぐらいはいいかなあって思える。
翌朝、「楽しかったね」「また来よう」と話しながら馬車に乗り込んだ。
思い出話に花を咲かせる私たちは、これから試練が訪れることを知らなかった。




