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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
18歳

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12 婚約指輪は突然に


 別荘に来て、数週間経ったころのことだった。


「ちょっと出かけてくるよ」

「じゃあ私も……」

「ごめん、今回は一人で行きたいんだ。ここで待っていてくれるかな?」

「う、うん……」


 ジークベルトは、同行したいという私の申し出を断って、一人で外出した。

 これまでも別行動することはあったけど、それぞれの体調や目的に合わせてのこと。

 この日のように、なんの説明もなく置いていかれるのは初めてだった。

 一人でどこに行くんだろう。

 ご飯なら、私も連れて行ってもらえるはず。買い物だって同じだ。

 ……婚約者の私には、言えないような場所。それも考えにくい。

 私はジークベルトを信じているし、彼が他の女性に興味を持っているようにも見えない。そのあたりのことは、この別荘で心身に叩きこまれてしまった。

 私を置いて行くべき場所や用事は思いつかなかった。

 少しだけ悩んだあと、一人になりたいときもあるとか、おうちの事情かもしれないとか、それくらいで片づけた。

 どうしても気になるなら、帰ってきた彼に聞けばいい。


 別荘に残された私は、本を読んで過ごすことにした。

 ジークベルトのお姉さんたちの趣味なのか、それなりの数の恋愛小説が置かれているのだ。

 未読のものを手に取り、椅子に腰かける。

 好きな人と一緒も嬉しいけど、こうして一人で静かに過ごすのもいい。


 この小説は、普通の男の子とお嬢様の恋の話のようだ。

 二人は徐々に惹かれ合っていくものの、身分の違いを気にした少年は、彼女に自分の想いを告げずにいた。

 けれど、ある日。机に突っ伏して眠る彼女の肩に毛布をかけ、「好きだ」と一言だけ告げて――。

 ここまで読んだ私は、「好きだって気持ちはとめられないよね……」とわかったような顔で頷いた。

 しかもこの場面、眠っていると思われていたお嬢様には、うっすらと意識があったのだ。

 そのため、動揺して彼を避けるお嬢様と、急に距離を取られ困惑する少年のすれ違いが発生している。

 状況は異なるものの、まだ小さかったジークベルトに頬へキスをされ、びっくりして逃げ回った私みたいだなあ、なんて感じてしまった。

 そんな私も、今ではほぼ毎日ジークベルトと同じベッドで寝ているし、一人の夜に戻りたくないとも感じ始めている。

 彼が根気よく私に向き合ってくれたからだろう。

 小説の中の君も頑張ってね……嫌われたわけじゃないんだよ……。そう思いながらページをめくった、そのとき。


「ひゃうっ!?」

「ただいま、アイナ」

「ジーク……? びっくりした……。おどかさないで」


 突然なにかに抱き着かれて、変な声を出してしまった。

 触り方や声で正体はすぐにわかったけれど、心臓に悪い。

 怒る姿勢を見せたものの、彼は「声はかけたよ」としれっとしている。


「ちょっといいかな。君に渡したいものがあるんだ」

「? うん」


 素直に彼に従い、しおりを挟んで本を閉じた。心臓はまだばくばくいっている。

 ジークベルトに続いて階段をおり、リビングへ。

 先にソファに座った彼が、自身の隣をぽんぽんと叩く。拒否する理由もなかったから、何も言わずに隣へ腰かけた。

 

「アイナ。ようやく完成したんだ」


 ジークベルトが声を弾ませる。瞳は幼い子供のように輝いていた。

 完成したって、なにがだろう。いまいち話が見えないけれど、うきうきする姿が可愛いから口を挟まず見守った。


「どんなものにするかは先に決めてあったんだけど、サイズがわからなくてね……。こっちに来てから確認と依頼をしたから、今日の受け取りになったんだ」

「えっと……。さっきはそのために一人で外出を?」

「うん。自分の手で受け取って、君に渡したかった」


 なにを? とこちらが聞く前に、彼は自分の懐に手を突っ込んだ。

 その手がもう一度姿を見せたときには、小さな黒いケースを握っていた。

 サイズ……。自分で受け取りたかった……。小さな箱……。改めてのプロポーズもされている……。ここまで揃えば、私にも箱の中身は理解できた。


「アイナ。受け取ってくれるかな」


 ジークベルトが丁寧にケースを開く。


「……!!」


 そこには、予想した通りのものが入っていた。


「指輪……」


 そう、予想通りだった。それでも、実物を見ると色んな感情が湧き上がってくる。


「婚約指輪だよ。遅くなってごめん」

「ううん……。ありがとう、ジーク。すごく嬉しい」


 婚約、指輪。

 さっき昔のことを思い出したせいもあってか、なんだかとても感慨深くて、涙がにじんでしまう。

 前世の記憶を取り戻してからの私は、自分が何者なのか、なにをしたいのかもわからず、一人で苦しんでいた。

 でも、今は違う。私には、大好きな人も、家族も、友達もいる。私は「アイナ」としてここにいたいんだって、わかってる。

 それが、婚約指輪という目に見える形になって、目の前に現れたのだ。

 ジークベルトの指が頬を滑り、涙を拭う。ケースをテーブルにおき、くい、と優しく抱き寄せてくれた。


 君が泣いていたら、受け止める。


 ここに来た日、この人が私にくれた言葉だ。

 疑っていたわけじゃないけれど、ああ、本当だったんだなあと思えて、安心して身体を預けた。

 しばらくそうしていると、


「ねえ、ジーク。私の指にはめてくれる?」


 なんてことを、ぴっとりくっついたまま言えるぐらい元気になった。

 そんな私を見て、ジークベルトも笑う。

 彼の答えは、当然、


「もちろん」


 だった。

 彼の大きな手が、ケースを優しく包み込む。

 恭しい動作でケースを開き、指輪を取り出し、私の手をとって、左手の薬指にはめた。

 自分の手を顔に近付けて、ジークベルトがくれたものを、じっと見つめる。


「綺麗……」

「気に入ってくれたみたいでよかった」


 銀色のリングには、複数の宝石があしらわれていた。

 透き通った水色の宝石を中心に、小さなダイヤがちりばめられているそれは、とても綺麗で、可愛くて。

 私の瞳の色や好みに合わせつつ、互いの家柄にもふさわしいものを選んでくれた彼の気持ちが、本当に、嬉しくてたまらない。


「ジーク」

「ん?」

「大好き……」


 指輪のつけた左手を右手で包み込む。彼への想いが自然と口からこぼれた。

 よっぽど感情がこもっていたのか、ジークベルトも感極まった様子で私を抱き寄せて、額や頬に何度も何度も唇を落としたのだった。



***



 この指輪は、別荘付近の宝石店に相談して作ったものだそうだ。

 シュナイフォード家は、以前から海辺のこの町を贔屓にしており、色々と繋がりがあるんだとか。

 デザインの打ち合わせを事前に済ませておけば、あとは私の指のサイズがわかればいい。

 サイズの確認が済んだら連絡し、作成がスタート。

 完成したという知らせを聞いて、ジークベルト自ら取りに行ったのが今日。

 ここまで聞いて、1つ気になることがあった。


「私の指のサイズなんて、いつ確認したの?」

「……寝てるあいだに」

「え?」

「君が寝てるあいだに、自分ではかったんだ」

「……ラティウス家に聞くとかでなく?」

「あっ……その手が……」

「……」


 ジークベルト・シュナイフォードは、賢い人である。私は、そう思っていた。

 でも、彼との距離が近くなればなるほど、うっかりしている部分もあるとか、雰囲気作りが下手だとか、甘えん坊だとか、いろいろなことがわかってくる。

 もしかしたら、彼も私の新しい面を発見しているのかもしれない。

 


「私も、あなたになにか贈りたいな」

「それは嬉しいな。君にもらったものなら、なんだって素敵に見えるだろうね」

「んー……。よく考えてから贈るから……少し先のお楽しみってことで」

「わかったよ。わくわくしながら待ってる」

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