10 無理に変えなくていいし、ありのままが1番(18歳・男性)
心ゆくまで海を眺めた私は、リビングのソファでのんびりしていた。
ソファは大人三人が座れるぐらいの幅があり、同じものがローテーブルを挟んで2つ。
見た目はシンプルだけど、使われている素材も、柔らかなクッションも、上等なものであることがわかる。
向かいに座るジークベルトに、前から気になっていたこと……彼の学園生活について聞いてみた。
在学時も色々聞いていたし、学園を見学したことだってある。
けれど、もっと詳しく教えて欲しいと思っていたのだ。
たっぷり時間があるときに聞けば、出てくる出てくる。彼が同室の友人をひっぱたいて起こしたというのだから、驚きだ。
「叩いたの……? あなたが? 全然想像できない……」
「……男だけの空間なんて、そんなものだよ」
「そうなんだ……?」
ジークベルトは、目を閉じて静かに頷く。あまり思い出したくない。そんな気持ちがにじみ出ていた。
たしかに、学園見学のとき目にした彼はちょっとぶっきらぼうというか、雑というか……。
私と一緒にいるときとは、表情、態度、言葉遣いのどれもが違うように思えた。
優しくて穏やかなジークベルトのことが大好きだけど、あのちょっと冷たい感じも新鮮でいいかもしれない。
「ねえ、ジーク」
「ん?」
「今だけでいいから、私のことを同性の友達だと思って接してくれる?」
「えっ」
「私もあなたに雑に扱われてみたいの……! ねっ……?」
身を乗り出してお願いする。
気が乗らないようだったけど、引かずに頼み続ける。何度目かのお願いで、彼は「わかった」と言ってくれた。
ジークベルトが俯き、片手を額にあて、数回深呼吸。それから、ぐっと顔を上げて私と視線を合わせる。
「…………おい、アイナ」
「は、はい」
「……無茶を言って、僕を困らせるな。わかったか」
「あ……。ご、ごめんなさい……」
「……よし、これで終わり! もう無理。君をこんな扱いするなんて無理。僕にはできない。怖がらせてごめん。怒っているわけじゃないんだ。困ったのは本当だけど、君が可愛いし大切だから、お願いされると断れないだけで……」
「う、うん、わかってる。ありがとう、ジーク」
互いに笑顔を貼り付け、「はは……」となんともいえない笑いを漏らした。
軽い気持ちで頼んだことが、互いの心に傷を負わせてしまった。
学園生活の話に戻ったけれど、私も彼もどことなくぎこちない。
私が無理を言ったせいでこうなったんだ。いつもの空気に戻す努力をしたい。
どうしたものかと考えていると、ふと、ジークベルトがこんなことを口にした。
「アイナ、もう少しソファの端にいけるかな。場所を作る感じで」
「え?」
言われた通りソファのすみっこに移動する。
それを確認したジークベルトは、すっとこちらにやってきて、私の隣に腰掛けた。
一緒に座りたかったのかな。嬉しいな。なんて思っていたら、彼はそのまま横になり、私の太ももに頭をおいた。
「……!?」
こ、これは……いわゆる膝枕というやつでは。
存在は知っていたけれど、実際にやるのは初めてだった。
「えっと……。い、いかがですか」
突然の出来事に動揺して、こんなことしか言えなかった。
「とてもいい感じですよ」
「そうですか。なら、よかったです」
「しばらくこのままでもいいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そこまで話したら、同時に笑いが漏れて、穏やかな空気が戻ってきた。
せっかくの機会だからと、思い切って彼の髪に指を落としてみる。
柔らかな茶色をしたそれは、見た目通りにさらさらしていて、撫でると気持ちよかった。
こうしてみて初めて、この人の頭に触れたことはほとんどないと気が付いた。
身長差があって私からは触りにくいし、男の人の頭を撫でるタイミングって、そうそうあるものじゃない。
「ジークって、髪の手入れとかちゃんとやってるの?」
「いや、そんなには……」
「元の髪質!? お、女の敵……」
「はは、君の敵にはなりたくないなあ」
「女だけど、私は除外。あなたの敵にはなりません」
「そっか。それは嬉しいな」
「……うん。味方でいたい」
「僕もだよ」
仰向けだった彼が向きを変え、私のお腹に顔を突っ込んだ。
くすぐったいし、ちょっと恥ずかしいけれど、甘えられているとわかって、嬉しかった。
少し経つと、満足したのかジークベルトが仰向けに戻る。
膝枕っていいなあ。身長なんて関係なく触れることができる。でも、胸が邪魔で好きな人の顔がよく見えないのは残念だ。
「もうちょっと小さければよかったのに……」
「小さく? 何が?」
「胸……」
「……むね? 胸!? 胸って……えっ……君の……? 君の胸?」
「う、うん。もう少し小さいほうが邪魔にならないかなって」
「いや……それは……」
ちょっとだけ時間が流れて。
「僕はこのままでいいと思うよ」
ジークベルトは、はっきりとこう言った。
でも邪魔なんだよねー、などと返すこともできないほどに、真剣な声だった。
「う、うん……」
ジークベルトに気圧される形で頷けば、「ありのままの君が1番だよ」と優しい言葉ももらってしまった。
「ありがとう、ジーク。私ね、実は、自分の胸があんまり好きじゃないんだ。身長のわりに大きくて、バランスが悪い気がして……。だから、あなたにそう言ってもらえると、すごく嬉しい」
「……そうだったんだね。僕はそこも含めて君が好きだよ。気にする必要はないからね」
「ジーク……!」
このときの私は、ジークベルト・シュナイフォードという男のことを、まだ理解できていなかった。
膝枕中の彼が胸を眺めて楽しんでいたとか、足やお腹が柔らかくて最高だと思っていたとか……そういうことを、私は知らなかったのだ。
それらの事実を知らされたとき、「スケベ」と言うことになるのだけど、それはもう少し先の話になる。
ちなみに、彼の返しは「男はみんなスケベなんだよ」だ。




