9 2日目はのんびりと
朝食を終えた私たちは、二人揃ってベッドにもぐりこんでいた。
昨夜は寝るのが遅かったし、疲れも残っている。だから、ベッドに戻るのも仕方がないのだ。
ジークベルトももう少し寝たい気分だったらしく、今日はだらだら過ごそうと二人で決めた。
寝つきがいいという話は本当だったようで、ジークベルトは、私の隣ですやすやと眠っている。
そんな彼とは反対に、こちらは眠れそうにない。私だけが緊張しているんだと思うと、なんだかちょっと悔しかった。
いたずらでもしてみようか。ジークベルトの頬をつねり、軽く伸ばしてみる。
意外と柔らかく、よく伸びるほっぺただ。楽しくなってきて、つんつんくいくいと好きにいじってしまった。
「ん……? アイナ……?」
「あ、起きた」
「そりゃあね……」
目を覚ました彼が、自分の頬をさする。私にいじられたほっぺたはちょっと赤い。
「……眠れないのかい?」
「……うん」
「なら、こうしよう」
そう言うと、彼は少し強めに私の身体を抱き込み、一仕事終えたかのように息を吐く。
子供を撫でて寝かせる感覚なのかもしれないけれど、ちょっと待って欲しい。
こんな風にくっつかれてしまったら、色々思い出しちゃって、余計にダメになる。
「ジーク、あの……。離れて……?」
「いやだ……」
「い、いやって……。これじゃあ眠れない……」
「だいじょうぶ……いける……」
「ええ……」
寝ぼけているのか、彼は「いける」「眠れる」と言うだけで、私の話なんて聞いてくれない。
意識を取り戻して欲しくて、もう一度頬をつねる。
そうすれば、「いたいよ……」と言いながら目を開けてくれるけど、結局、離してはもらえなかった。
そんな攻防を繰り返した末、彼の腕から抜け出すことを諦めた。
しばらく落ち着かなかったけれど、彼の寝顔を眺めているうちに、誘われるように眠ってしまった。
そのままたっぷり眠り、目を覚ますころにはお昼の時間になっていた。
今日の昼食は、ジークベルトが手配した料理人が用意するそうだ。
聞けば、2日目はゆっくり過ごせるよう、昼も夜も人を呼んであるとか。
プロを別荘に呼んでご飯を作ってもらうなんて、前世の私では考えられなかったことだ。
身支度を整えて、ジークベルトと一緒に1階へ向かう。
既に調理が始まっていたようで、リビングは美味しそうな香りでいっぱいになっていた。この匂いは海鮮だろうか。
二人並んで料理人に挨拶をすると、「ご立派になって……」「腕によりをかけて作らせていただきます」等、いたく感激した様子で言われてしまった。
手配した料理人は、ジークベルトが家族とここに滞在するあいだ、よく利用したレストランの人だそうだ。
学生だった4年間は顔を出していなかったため、ぐっと大人になり、婚約者まで連れてきた自分を見て嬉しくなったのでは、と彼は話していた。
すぐに準備が整い、昼食の時間へ。
思った通りお昼は海鮮メインで、新鮮な海の幸を味わうことができた。
この国は海に面しており、他国に比べれば海の幸も手に入りやすいほうだ。
それでも、日本のような保存技術がないせいか、地元では魚より肉を食べることが多かった。
元日本人の私は……飢えていたのである。魚や貝の、生食に。
「ん~~!」
この土地が生牡蠣で有名なことはチェック済みだった。
だから、海鮮メインだと聞いて、お刺身に近いものが出てくるんじゃないかと期待した。
結論から言うと……生牡蠣が私の前に現れた。それも、ちゅるちゅるで、ぷりぷりで、とろとろの……大粒のやつが。
魚を生で食べることはほとんどないそうで、生食できたのは牡蠣のみだった。それでも、嬉しくてたまらない。
よっぽど喜んでいるように見えたのか、ジークベルトが「次は牡蠣を多めに用意してもらおうか」と言ってくれた。
力強く頷いた私は、「魚も……生で食べてみたくない……? 腕のいい人なら……生で食べられるようにしてくれると思うの……」と口走り、彼を困らせてしまった。
昼食後、私はウッドデッキにたたずんで海を眺めていた。
後ろで「絵になるなあ」とジークベルトが呟く。美しいもの見ているような声だった。
私の頭の中は、海の幸への感謝でいっぱいなのだけど……。私に見惚れる彼に、それを話す勇気はなかった。




