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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
18歳

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8 朝


「んー……」


 ゆっくりと意識が浮上する。

 もぞもぞと身体を動かしたら、あたたかなものに触れた。

 なんだろう。正体を確かめようと瞼を持ち上げる。


「おはよう、アイナ」


 私の目の前……隣という方が正しい場所に、柔らかく微笑むジークベルトがいた。


「おはよう……」


 状況もわからないまま、ぼーっとしながら朝の挨拶を返す。

 彼の手が私の頬に触れる。すり、すり、と優しく指を動かされると、くすぐったいけれど、気持ちよくて。また眠ってしまいそうになる。


「まだ寝ていても大丈夫だよ」

「うん……」


 目を閉じれば、頬に触れていた手が、私の背中に移動する。

 彼の腕の中はとても心地よい。引き寄せられるように、こちらからも身体をくっつけた。

 胸板に顔を埋めれば、昨日もたくさん感じた香りが広がって…………。

 そう。昨夜、私はこの香りをもっと近くで感じたのだ。

 香りだけじゃなくて、もっと色々……色々……!?


「……!」

 

 昨夜のことを一気に思い出してしまい、眠気が吹き飛んだ。

 驚きにかっと目を開くと、彼の素肌が至近距離に。

 慌てて顔を上に向ければ、今度は、ジークベルトと視線が絡んでしまう。

 愛おし気に細められた黒い瞳からは、幸福、喜び、愛情、私を労わる気持ち……そういった感情があふれ出していた。


「あの、ジーク……」

「なんだい?」

「な、なんでもない……です……」


 視線から逃れたくて、彼の胸に顔を突っ込んだ。

 香りや体温が近くなってしまったけれど、あの瞳を直視するよりは落ち着けた。

 こちらの気持ちを汲んでくれたようで、彼はよしよしと頭を撫でてくる。


「朝食は食べられそうかな?」


 その質問に「はい……」と答えれば、彼は「そっか」と言って笑った。

 今のこの状況も、昨夜のことも、嫌だとは思わない。とにかく恥ずかしい。


「なら僕が用意するから、君はもう少し休んでいるといい」

「お願い、します……」

「じゃあ、できたら持ってくるよ」


 そんなやりとりの後、ジークベルトは寝室から出て行った。

 一人ベッドに残された私の心臓は、どっどっど、と激しく動いている。

 昨日の昼間に到着して、好きだと伝え合って、プロポーズもされて。

 お昼ご飯と夕食は、用意してあった食材を使って作った。

 主に私が調理を担当し、彼にも手伝ってもらった形だ。共同作業って感じで、楽しかった。

 それから、夕方の砂浜を散歩して……日が沈んで夜になって……。それから、それから…………。


「っ……!」

 

 そこで考えるのをやめた。

 このへんでやめないと、ベッドから出られなくなりそうだ。とにかく、今は朝食が出来上がるのを待とう。

 そう切り替えると、今度は、ジークベルトを一人で台所に立たせていいのかと不安になってきた。

 学園では自分たちで夜食を作っていたらしいし、昨日だって、危ないと感じる場面はなかった。

 それでも、彼が王族男子であることを考えると、なんとなく心配だった。一応、見に行ったほうがいいかもしれない。

 ベッドからおり、軽く身支度を整えてから1階に向かった。

 階段をおりてリビングへ。なにかを炒めるような音と、美味しそうな香りが届いてくる。この分なら、特に危険はなさそうだ。

 キッチンに顔を出すと、彼は調理を続けながら、「起きてきたんだね」とこちらに笑いかけた。

 ……新婚の朝みたいでちょっとドキドキしたことは、この人には内緒だ。

 目玉焼きとウインナー、パンを焼いていることが確認できた。ミニトマトやレタスといった野菜も用意してある。


「……本当に料理できたんだ」

「君ほどじゃないけどね。簡単なものなら、一人でも作れるよ」

「そっかあ……。ジークって、素敵な旦那さんになりそう」

「はは、ありがとう。将来は君の夫だよ。ここは僕に任せて大丈夫だから、君は座ってて」


 手伝いを申し出れば、「少しでも君を労わりたいんだ。僕にやらせて欲しい」と含みのある言い方をされてしまい、大人しく待つしかなかった。

 調理、盛り付け、配膳、飲み物の用意……どれもジークベルトがやってくれて、なんだかくすぐったい。



「ありがとう、ジーク。いただきます」


 二人で向き合って席につき、食事を始める。

 目玉焼きはちょっとかたくて、パンに塗るバターも出し忘れていた。何度か席を立つことになった彼が、申し訳なさそうに息を吐く。


「……ごめん、任せてと言ったのは僕なのに」

「ううん。嬉しいし……すっごく美味しい。ありがとう、ジーク」

「アイナ……」


 そういえば私も、初めて彼に手料理を出したときは、不安で仕方なかった。

 立場が逆になった今、「嬉しい」「美味しい」って彼の言葉に嘘はなかったと思える。


「好きな人が作ってくれたご飯って、こんなに美味しいんだね。あなたが私の手料理を食べたがった理由、今ならわかるかも」

「……僕も、君が料理の腕を上げた理由がわかった気がするよ。明日の朝食も、僕が用意したいな」

「じゃあ、お願いしようかな」

「硬すぎない目玉焼きを目指して頑張るよ」

「しばらくは毎日目玉焼き?」

「大丈夫。スクランブルエッグの日もあるよ」


 そうやって笑い合っているうちに、恥ずかしさはどこかへ消えていた。

 

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