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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
18歳

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4 あなたとなら

「お待たせ、アイナ」

「う、うん」


 ラティウス邸に到着したジークベルトが馬車を降りる。

 今日の彼は、白いワイシャツと黒いスラックスを身に着けただけの、シンプルな格好をしていた。

 こういった格好は、前世でも普通に見かけた。なのに、どうしてこうも違うんだろう。

 特徴のあるデザインでもないのに、彼が着ると、このままでも雑誌の表紙を飾れそうに思えてくる。

 

 大好きな人だから、余計にかっこよく見える部分もあると思う。

 けど、婚約者の私は、いろいろな人が彼の容姿を褒めていることを知っている。

 ジークベルト・シュナイフォードという人は、私以外の人から見ても素敵な男性なのだ。

 顔だけじゃなくて、スタイルもいい。

 この国の男性は、日本人より背が高い傾向にある。ジークベルトはその中でも長身とされるほうで、すらっとしている。

 細身に見えるけど、足が長いからそう感じるだけで、実際にはしっかりと筋肉がついているし、各パーツは男性のそれだ。

 素肌なんてほとんど見たことはないけれど、軽く触れ合ったとき、そう感じた。

 顔もスタイルもよくて、雰囲気は上品で。私を映す黒い瞳には、たっぷりの愛情が宿っている。

 本当にかっこいい人って、無地のシャツを着ただけでも絵になるんだなあ、なんて、ちょっと悔しくなってしまった。


 対する私は、水色と白を基調にしたワンピースを身にまとっていた。丈は、膝の少し下。

 可愛くて動きやすく、自分に似合うと思ったものを選んだつもりだったけれど、ごくごくシンプルな格好をした彼に、敗北したような気がした。

 ジークベルトならなにを着てもかっこよくなるのかもしれない。


「……アイナ?」


 目の前の彼が、軽く首を傾げる。ジークベルトは私に向かって手を差し出していた。

 慌てて自分のそれを重ねれば、彼は嬉しそうに


「それじゃあ、行こうか」


 と私の手を引いた。

 



「ジークベルト様、娘をよろしくお願いします」

「アイナ、いってらっしゃい」


 馬車に乗りこむ直前、両親がジークベルトに向かって頭を下げる。

 こうして見送ってもらえること、両親が私たちを気にかけてくれることは嬉しい。

 でも、男性と二人で出かけるところにこの対応は、ちょっと恥ずかしかったりもする。


「……あの、お兄様は」


 見送りの場に、2つ上の兄の姿はなかった。

 お泊まり旅行の話を知ったとき、お兄様はひどくショックを受けたような、それでいて、どこかほっとしたような、なんとも言えない顔をして黙り込んだ。

 私はてっきり、「行かないでくれ……!」と泣き落としでもされると思っていた。何も言われないと違和感がある。

 

「アルトは……。無事に帰ってきてくれれば、それでいいと言っていたよ」

「無事にって……。ジークベルト様が一緒なんですから、大丈夫ですよ」

「……ああ、そうだな」


 家族と話すあいだ、ジークベルトはじっと待っていてくれた。




「いってきます。お父様、お母様。……お兄様も」


 二人揃って馬車に乗りこみ、両親と、屋敷のどこかにいるお兄様に向かってそう言った。

 今日は、まだ一度も兄の姿を見ていない。

 寂しい気持ちもあるけれど、過保護なあの人のことだから、顔を合わせたらなんと言い出すかわからない。

 きっと、お兄様なりに考えて、自分にできる形で妹を送り出しているんだろう。

 


***



 今回使う馬車は、座席が向かい合っている仕様で、四人程度ならゆったり過ごせる大きさだった。

 この幅なら、並んで座ってもいいし、向かいに座ってそれぞれくつろいだっていい。

 ジークベルトが席につく。どこに座るべきか考えていると、


「アイナ」


 彼が自分の隣をぽんぽん、と軽く叩いた。並んで座りたいってことだろう。

 そうだと理解できたのに、なにを考えたのか、私は反対の席に腰を落ち着けてしまう。


「えっ……。あ……」


 婚約者に無視される形となり、ジークベルトの笑顔がかたまる。

 それから徐々に視線が下がっていき、最終的には、とても悲しそうに肩を落としていた。

 これから一緒にお出かけをする、私の大切な人。この人に、こんな顔をさせたいわけじゃなかった。


「じょ、冗談! 冗談だから!」


 こちらもすっかり慌ててしまい、ばたばたと移動し、彼の隣に座り直す。

 ジークベルトは大きくを息を吐き、私の肩を掴んで引き寄せて、ぴったりとくっついてこう言った。


「僕の隣じゃ嫌なのかと思った……」

「そんなことない! その……ちょっと意地悪してみようと思っただけで……」

「……そっか」


 私からも体重を預けると、彼はようやく安心したようだった。



***



「少し時間がかかるから、寝ていて大丈夫だよ」

「うん」


 出発してすぐに、そんな会話をした。それから結構な時間が経ったけど、私は眠れずにいた。やっぱり緊張しているんだろう。

 ただ乗っているだけというのも暇だから、ジークベルトとお話でもしたいところだけど、彼はすやすやと眠っていた。

 どうしたものかと考え、彼の寝顔を眺めてみることにした。

 見るだけなら、気持ちよさそうに眠るこの人を、起こさずに済むだろう。


 目を閉じていて、口はちょっとだけあいている。

 ちょっと間抜けな姿なのに、ジークベルトだと可愛く見える。

 男性として成長した彼も、こうしているとちっちゃい子供みたいだ。

 寝顔は幼く見えるって、本当なんだなと感じる。

 ……そういえば、この人が本格的に眠り込むところを見るのは、初めてかもしれない。

 16歳のときもこうして馬車で移動したけれど、彼はいつ見ても起きていた。

 あの頃よりも距離が縮まって、無防備な姿を晒してもいいって思えるぐらいには、安心してもらえたのかな。

 そう思うと、なんだか嬉しかった。

 

 寝息をたてるジークベルトを見ていたら、こちらまで眠くなってきた。

 到着までまだまだ時間がかかりそうだし、一緒に寝てしまおう。彼にぶつからないよう少し距離をとり、目を閉じた。




「ん……?」

「目が覚めたみたいだね」

「ジーク……」


 あれから、どのくらいの時間が経ったんだろう。

 ゆっくりと目をあけると、先に起きていたジークベルトが、もう少しで着くと教えてくれた。

 まだ眠気が残っているけれど、到着が近いなら起きていたい。ジークベルトとも話せるし。

 

「そういえば、私、あなたの寝顔を見たのは初めてだったかも……」

「……ごめん」

「……? どうして謝るの?」

「本当は、起きていようと思ってたんだ。けど……」

「……けど?」

「実は、昨夜はあまり眠れなくてね。馬車に乗ったら、振動が心地よくて、つい……」


 そう話す彼は、心底申し訳なさそうな顔をしていた。

 いつだかに、ジークベルトが自分は寝つきがいいのだと話していた。

 寝つきがよければ、それだけ睡眠時間を確保しやすくなる。この人は、休息を取る能力まで高いのかと感心したことを覚えている。

 その彼が、昨夜は眠れなかったそうだ。


「……もしかして、緊張して眠れなかった、とか?」

「……うん」


 彼は、少し恥ずかしそうに頷く。


「そっか……。私だけじゃなかったんだ」

「アイナ?」


 私はずっと、彼は緊張なんてせず、余裕でこの日を迎えたんだと思っていた。

 けれど、違った。この人だって、私と同じなんだ。それがわかって、すごく安心した。

 隣に座るジークベルトに、ぽすん、と身体を預けてみる。

 ついでに頬をすり寄せてみれば、大好きな人のぬくもりが広がった。

 彼は少し驚いているようだったけど、そうやって驚く姿も、緊張して眠れなかったと話すところも、ちょっと口を開けて眠る姿も、ぜんぶが好きだと思える。


 もしも、これから滞在する別荘で、彼が今より先へ進むことを望むのなら。

 私は、この人に応えたい。

 私と同じ18歳で、私と同じように緊張もする、この人に。




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