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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
18歳

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3 見守る気持ちとハーブティー


 別荘へ行くことが決まってから、1週間ほどが経過した。

 あっという間に準備が進み、出発直前の朝を迎えている。

 大きな荷物は事前に運び込んであるから、馬車に持ち込むのはバッグ1つだ。

 この1週間のあいだに、心の準備をしたつもりだった。

 そう、大好きなあの人と、次の一歩を踏み出す覚悟を決めたのだ。

 決めたはず……だった。


 このあと、ラティウス邸で合流し、シュナイフォード家の馬車で移動することになっている。

 迎えを待つ私の前には、幼い頃から私のそばにいる侍女・アンジェがいれた紅茶がおいてあった。

 そういえば、砂糖はまだいれてなかった。一人で茶器に向き合う私は、角砂糖を1つ、紅茶にいれた。

 今ではおなじみになったこの茶葉は、12歳のとき、ジークベルトがプレゼントしてくれたものだ。

 あの日から、彼は同じものを定期的に贈ってくれる。

 カップを手に取り、顔に近付けた。ふわりと届く甘い香りは、6年前から変わらない。

 

 あの頃、私たちの身長は同じくらいで、身体つきだって似たようなものだった。

 それが今じゃ、彼のほうが頭一個分ぐらい大きくて、身体の作りだって異なる。

 それぞれの見た目も、私の気持ちも、昔とは違うんだ。きっと、これからも形を変えていくんだろう。

 変わるといえば、関係だって…………。


「っ……!」


 この旅行を機に、私たちの関係が変わるかもしれない。

 16歳のときに彼が言った「1年半後」は、ちょうど今ぐらい。

 だから、別荘でお互いの気持ちを伝え合ったりするのかなと予想している。

 そのときをずっと待っていたはずなのに、そこに「大人の男女が二人きりでお泊まり」という要素が足されたために、その先まで考えてしまって……もうダメだった。


「……アイナ様?」


 ぽとん。ぽとん。

 カップをソーサーに戻した私は、すごい勢いで角砂糖を追加し始めた。一種の逃避行動なのかもしれない。

 見かねたアンジェがとめてくれたときには、角砂糖が山盛りになっていた。


「新しいものを用意しますね」

「……はい」


 せっかく思い出の茶葉を使ってもらったのに、なんてことをしてしまったんだろう。

 しゅんとする私にアンジェが微笑みかけ、この場から離れていく。

 パニックを起こした理由はわかっている。

 大人の男女。二人でお泊まり。これから起こることを受け入れ、覚悟もできている! と思っていたけれど、覚悟なんてできていなかったんだ。

 もちろん、ジークベルトのことが嫌なわけじゃない。

 自分の気持ちが見えていなかった時期もあるけれど、今は、私はあの人のことが大好きで、隣にいることを望んでいるんだって、ちゃんとわかってる。

 でも……ううん、だからこそ。本当に大好きだから、緊張するのかもしれない。


「うう……」


 私はどうしたらいいんだろう。

 ジークベルトと二人で過ごす時間が楽しみで、待ち遠しくて仕方がない。

 でも、二人きりになったらなにが起こるのかわからなくて。

 嫌じゃないのに、心臓がばくばく音とたてて、どうしようもない。

 逃げたいけど、逃げたくない。

 じゃあどうするって、落ち着かなくても、一緒に別荘へ行くしかないだろう。

 ぺち、と軽く自分の頬を叩く。

 私はジークベルトのことが好きで、彼も私に愛情を向けてくれる。

 私たちはこの世界基準だと、成人済みの婚約者同士。そんな二人の関係が進展したって、なにも問題ないのだ。


「アイナ様」


 そうしていると、いつの間にか戻ってきていたアンジェが、新しいカップを私の前におく。


「これは……」

「カモミールを使ったハーブティーです」

「カモミール……」


 たしか、カモミールには心身を落ち着かせる作用がある。

 きっと彼女は、様子のおかしい私を気遣って、この一杯を用意してくれたんだろう。


「ありがとう」


 カップを手に取り、優しい香りのそれをゆっくりと口に含んだ。


「……おいしい」


 ほう、と小さなため息がもれる。たった一杯のお茶が、私の心を包み込んでくれた。そんな気がした。

 ハーブの効能もあるのかもしれない。

 でも、私の心を落ち着かせたのは、身近な誰かが自分に向けてくれた気持ちなんじゃないかなって。そう思えた。


 時計を見れば、いつジークベルトが来てもおかしくない時間になっていた。

 もう大丈夫と言い切ることはできない。けれど、なんとかなる気がした。

 間もなく、別の使用人がやってきて、シュナイフォード家の馬車が到着したと教えてくれた。

 すぐに行きます、と答えてから、もう一口だけ、ハーブティーを口に含む。

 軽く舌で転がしてから飲み込んだら、カップを置いて立ち上がる。


「いってきます」

「いってらっしゃいませ、アイナ様」




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