2 それってつまり
「アイナ。今度、うちの別荘に行かないかい?」
「別荘?」
ジークベルトが帰ってきてから、数日経った頃。
シュナイフォード家のお屋敷でのんびり過ごしていると、彼がそんな提案をしてきた。
別荘を持っているぐらい珍しいことじゃない。ラティウス家だって、いくつか所有している。
けれど、シュナイフォード家所有の別荘に行くなんて、初めてのことだった。
ちょっと驚いて聞き返すと、彼は澄ました顔で静かに続ける。
「海辺の別荘があるんだ。僕もようやく帰ってこれたし、しばらくのあいだ、そこで二人で過ごすのもいいかと思ってね」
「……二人?」
「そう。二人で。……もちろん警備はつけるし、掃除とかのために、多少は人の出入りもある。けど、それ以外は二人でいられたらと思ってるよ」
「……」
ジークベルトの言葉を聞きながら、私は彼と二人で過ごす日々を頭の中に思い描いた。
基本的に、私たちの近くには誰かが控えている。
人払いもできるけど、完全に二人の状況はなかなか作れない。
王族と公爵家の娘という立場を考えれば、それも仕方がないし、慣れてもいる。
けれど、誰にも見られず話も聞かれず、近くに他の人がいない空間でのんびりしたい気持ちだってある。
私たちだけで過ごすってことは。好きな時にくっついてみるとか、人目を気にせず好きな格好をしたりとか、いろいろなお話をしたりとか……。そういうことができるわけだ。
「アイナ。どうかな」
「行く!」
身を乗り出してそう答えれば、彼は「よかった」と言いながら、安心したように笑った。
それから、私たちは別荘での過ごし方について話した。
二人きりなら身軽な服装でいたいと提案してみれば、彼も「それがいいね」と言ってくれた。
ジークベルトからは、「君の手料理も食べたいな」とリクエストが。
大変だろうから毎日じゃなくてもいいし、自分も少しはできるから、交代で調理したりもしよう、とも。
私も彼の言葉に頷き、外食と自炊をバランスよくやっていくことになった。
聞けば、別荘は観光地の近くにあるらしい。二人で観光する話もした。
……なにかあると困るから、外に出るときは護衛も一緒だそうだ。
その地域は海に近いだけあって、海産物が美味しいそうだ。
買ってきて自分たちで調理するもよし。ジークベルトがオススメするレストランに行くもよし。
二人で過ごす時間はもちろん、食事もすごく楽しみだ。
「じゃあ、帰ったらお父様とお母様に話してみるね」
「うん」
ラティウス家の許可も必要だから、日程はあとで決めることにして解散する。
私も彼もなるべく早く出発したいと思っているから、帰ったらすぐに準備を進めたい。
動きやすくて可愛い服を買って、魚や貝を使ったレシピも調べて……。わくわくした気持ちで馬車に乗りこんだ。
帰宅後、別荘の件を両親に話すと、行ってきなさい、とあっさり承諾された。
ダメだと言われることも考えていたから、ちょっと拍子抜けだ。
両親との話を終え、ラティウス家の廊下を歩きながら考える。
10代の娘が、男性と二人きりでお泊まりする。
昔からの婚約者とはいえ、異性は異性。それなのに、あっさり許可を出すってどうなんだろう。
そんな風にも少し思ったけれど、それは前世基準での話だ。
この世界の成人年齢は17。
今年で18歳になる私たちは、大人扱いなのだ。
そこまで考えて、はたと気が付く。
大人……男女……お泊まり……。他の人の出入りはほぼなし。昼間はもちろん、夜だって同じ建物の中で二人きり……。
前世で読んだちょっと大人な漫画や、この世界で読んだ恋愛小説が、それってつまりそういうことなんじゃない? とささやいてくる。
少し前に読み切ったお話では、男女が二人きりになった夜に「なにか」が起こっていた。
「……!」
18歳は、前世なら高校3年生。
あれもこれも、私たちにはまだ早い。というのは、日本の女子高生だったこともある私の感覚だ。
ジークベルトにとっても、世間の感覚でも、今の私たちは、成人し、学園だって卒業した立派な大人なのだ。
そのうえ、私たちは婚約者。はっきりと思いを伝え合ったわけじゃないけれど、両思いだ。
だから、今とは違う関係になったって、なにもおかしくはない。
「ま、待って……」
彼との「そういう」ことを、一度も考えたことがないと言えば、嘘になる。
私だって年頃だし、ジークベルトのことが大好きだ。
そもそも、この婚約だって子孫を残す意味もある。そういう想像もしちゃうのは仕方がない……と思う。
けど。まだまだ先だと思っていたのに、その時がすぐそばまで来ていると気が付いてしまえば、混乱だってする。
すれ違う使用人に心配されながらも、なんとか自分の部屋に辿り着いた。
勢いのままにベッドに倒れ込めば、「んー……」と悩ましい声が出る。
足をばたばたと動かし、満足したらぴたっと止まる。
こんな場面をジークベルトに見られたら、困った顔をさせてしまいそうだ。
大好きな人と、二人きりで過ごす。とても楽しみだ。
けれど、そのとき。私たちは、もしかしたら――
「っ……!」
ぼすん、とちょっと乱暴に枕に突っ込んだ顔が、熱い。
楽しみだけど、本当に楽しみなんだけど。ちょっと待って……!




