7 ジーク視点 「この男こわっ……」と言われるレベルの伸びだったとか
アイナと入れ替わりでシャワーを浴び、髪の乾燥と着替えも済んだころ、昼食をとった。
僕の祖父母と、孫二人。そこに加わる婚約者、という形だからか、アイナは普段より上品に振る舞っている。
正直、いつも通りでも大丈夫だと思うけれど、アイナ本人がそうすると決めたのだから、いちいち口を出すことでもない。
食事も終わり、談笑に移り始めたころ、おじい様がアイナに向かってこんなことを言い出した。
「……アイナさん。無理に『様』をつけなくてもいい」
動揺するアイナに、「普段は『ジーク』と呼んでいるのだろう」とおじい様は続ける。
祖父母の性格を思うと、怒っているとは考えにくい。
でも、変な誤解をされるのも嫌だから、呼び方も話し方も、僕からお願いしてこうしてもらっているのだと説明した。
すると、おじい様が肩を震わせて笑い始める。
そんな風に笑うぐらいなら、最初から指摘なんてされたくなかった。
拗ねながらそう言えば、おじい様は、愛おしそうに目を細め、僕を通してどこか遠くを……懐かしい日々を思い出すような表情をして、
「……お前はやはり、リッカの孫だな」
と呟いた。その隣で、おばあ様が「いやだわあなた」とでもいい出しそうな顔をしている。
……これは、まずい。この二人の孫としてやってきた僕には、わかる。
このままここにいてはいけない。
「食事は済みましたので、そろそろ失礼します」
そう言って立ち上がれば、クラウス兄さんも僕に続く。
アイナだけは状況を飲み込めず、困惑しているのがわかった。
君も一緒に行こう。そう言うべきかどうか迷っていると、おじい様が「若い頃のリッカも……」と話し始めてしまった。
ああ、これ以上ここにいたら、もう逃げられない。
僕は一言「ごめん」とだけ言い残して、アイナを置き去りにしてしまった。
***
しばらく経つと、「アイナです」という言葉とともに、ノックの音が届いた。
どうぞと答えて彼女を招き入れ、手に持っていた本を閉じ、目の前のテーブルに置く。
時計を見れば、アイナを一階に置き去りにしたあの時から、数時間が経過していた。
ちなみに、アイナが犠牲になっているあいだ、僕は一人で本を読んでいた。
なにか頭に詰め込んでいないと、この数日間のあれそれを思い出してしまい、そわそわしてどうしようもないのだ。
祖父母は、基本的に夫婦二人で暮らしている。
けど、こうして親族が遊びにくることもあるから、客室もいくつか用意してある。
そのうちの一室に過ぎないこの部屋は、広くはないし、家具も少ない。
だから、座れる場所なんて、小さなソファ1つとベッドぐらいしかないのだ。
自分のものではないといえ、男が使っているベッドに女性を座らせるわけにはいかない。
そう思い、アイナにソファを譲るために立ち上がり、自分はベッドへ移動した。
なのに、男の気持ちなんて知らない彼女は、
「失礼します」
「っ……!?」
そう言って、当然のように僕の隣に腰を下ろした。
彼女に想いを寄せ続け、そろそろ10年になる。
10歳で婚約。12歳のとき、いきなり彼女の頬にキスをして失敗。それ以降は、極力そういった触れ方をしないよう気を付けてきた。
成長すればするほど色々な欲が生まれてきたけれど、僕は必死で押さえつけていたのだ。
去年、アイナの方から僕に抱きついてきて……。思い切って額に唇を落としてみたら、彼女はふにゃふにゃと嬉しそうに笑ってくれた。
16歳となった今では、僕の気持ちを受け入れてもらえたこと、彼女も僕に好意があることを、確信できている。
もしも、だ。僕が今のアイナになにかを望めば、彼女も応えてくれるかもしれない。
でも、まだその時じゃないと考えて、耐え続けていた。
……それなのに、アイナは。
「あのね、ジーク」
隣に座る彼女が、ベッドに手をつき、僕の方へ身体を向ける。二人分の体重を受け、ぎし、とベッドが軋んだ。
「リッカ様とアダルフレヒト様のお話を聞いて、思ったんだけど」
こんな状態で話を進められても、「あ、うん」みたいな返事しかできない。
「お二人みたいに、私も自分の気持ちを言葉にして伝えたいと思ったの」
ずっと好きだった子が、同じベッドに乗っている。
それも、どちらも数時間前にシャワーを浴びたばかりだ。
それらの事実から目を背けるのに必死で、アイナの話をあまり聞いていなかった。
「言わなきゃ伝わらないって、私も思うから」
「そっか。うん。言わなきゃ伝わらない……うん」
「だから、今から言うね」
「えっ」
ぎし、と、もう一度。ベッドの軋む音がした。
アイナは肌が触れ合ってしまいそうなぐらい、すぐそばまで来ていた。
柔らかそうな金の髪から、シャンプーの香りが届く。僕からも、同じ匂いがしているんだろう。
じいっと僕を見上げる彼女の瞳は潤んでいて、頬も赤く染まっている。
意識を逸らすようにしていたとはいえ、話の流れは理解している。
この状況で僕に伝えたいことといえば、内容はわかり切っているも同然だ。
彼女にその一言を伝えてもらえたら、どんなに嬉しいことだろう。
幼い頃から一人のひとを想い続けた少年が、ようやく報われるのだ。
嬉しい。とてつもなく嬉しい。嬉しすぎて、おかしくなってしまいそうなぐらいに。
本当に嬉しいんだ。だからこそ、今ここで、その言葉はダメなんだ。自分を保つ自信がない。
僕らは二人とも、来年には成人を迎える。
婚約して6年経つし、「そういう」仲になったって、おかしくはない。
でも、僕はまだ待とうと思っていたし、なにより、この部屋は祖父母の家の一室だ。
暴走なんて、絶対にできない。
僕は思う。
16歳の男なんて、だいたいバカなのだ。
「ジーク。私、あなたのことが……!」
そのバカの一人である僕は、自分の想いを伝えようと頑張る女性に向かって、
「アイナ、待って。今はやめよう。今は本当にやめよう」
今はダメだと繰り返す、情けない生き物になってしまった。
***
祖父母のもとに滞在しているあいだ、僕なりに考えた。
僕だって、自分の気持ちをはっきりと伝えたい。そして、彼女からも、同じ言葉をもらいたい。
けれど、7歳から続く初恋を拗らせている僕が、「あなたが好き」なんて一言をアイナから貰ってしまったら……。
きっと、僕はこれ以上ないほどに舞い上がってしまい、残りの学生生活をただただ浮かれて過ごしてしまうだろう。
彼女の心や体に触れてしまったら、会いたいって気持ちも、今よりずっと強くなると思う。
婚約者に愛情を向けること。それそのものは、好ましいものなんだろう。
でも、それだけに囚われて、他のことがなにも手につかなくなるのはよくない。
王族の一員として。
シュナイフォード家の次期当主として。
ずっと好きだった人を、妻に迎える男として。
今の自分がやるべきことだって、しっかりやりたいのだ。
祖父母、クラウス兄さんと別れたら、アイナと一緒に帰路に着く。
行きと同じくらいの時間をかけ、ラティウス邸に到着した。
馬車をおりたアイナには、互いの気持ちを伝え合うまで、もう少し時間が欲しいのだと伝えた。
具体的にどのくらいなのかと聞かれたから、学園卒業後にするつもりで「1年半ぐらい」と回答。
アイナは、「けっこう先だ……」と言いたげな顔もしたけれど、「わかった」と言ってくれた。
アイナを待たせている分、もっと頑張ろう。
互いの我慢にふさわしい結果を出そう。
そういった考えが強くなった僕が、成績上位から最上位の域に躍り出るまで、そう時間はかからなかった。
次回から18歳編。
学園を卒業したジークと二人でシュナイフォード家の別荘へ。
ようやく想いを通じ合わせた二人は……。
二人一緒ののんびり別荘暮らしが終わると、試練が訪れる。
心身ともに疲労しきったジークベルトを支えるアイナ。
今度は私が、この人の力になる番だ。
ぐっと距離が縮まり、膝枕、ハグ、なでなで等のいちゃこらがどんどこ出現し始める章でもあります。
ずっと好きだった人に膝枕されながら眺める絶景がなんとか




