5 ジーク視点 なるべく見せたくない姿
馬車に乗り、アイナと揺られる三日間。
行き先は、僕の祖父母の家だ。
アイナと一緒にいられて嬉しいし、これから会いに行く祖父母のことだって、苦手だけど好きだ。
ただ、祖父母がアイナを驚かせてしまいそうで不安だったりもする。
道中、休憩時間もきっちり用意してあるし、夕方以降はそれぞれ宿で過ごしている。
でも、移動中は密室で二人きりのようなもので。健全な青少年の僕は、すっかり困っていた。
移動初日。
夏の暑さにやられたアイナが、「暑い……」と口にした。
僕はとっくに一枚脱いでいたけど、アイナは出発時の服装のままだった。
会いに行く人、一緒に行く人のどちらも王族だからか、今日のアイナはきっちり着込まされている。
確かに、これじゃあ暑いだろう。
馬車の作りの関係で、中の様子が他の人に見られることはない。
だから、
「自分の過ごしやすいよう、好きに着脱してくれて構わないよ」
と伝えると、彼女は「ありがとう」と言って自分の服に手をかけた。
そして、僕は……
「……っ!」
好きな子が、自ら衣服を脱ぐ瞬間を見てしまった。
向かいに座っているから、体が触れ合うことはない。それでも、普段は男だらけの空間で過ごしている僕に、この状況はつらいものがある。
男のそれとは明らかに違う腕が見えるし、胸元も少しあいてるし、しっとり汗をかいてるし……。とにかく、これはよろしくない。
三日目の朝、アイナが「涼しくなってきた」と口にしたとき、着込んでもらうチャンスだと思った。
頼むから着てくれという願いとともに「羽織るものもある」と伝えたけれど、馬車を降りる直前まで、彼女は薄着のままだった。
***
到着後、真っ先に僕の目に入ったのは、従兄のクラウス・シュナイフォードの姿。
「よく来たな、ジー坊」
祖父母宅の前にいくと、妙に楽しそうなクラウス兄さんが、僕の頭に乱暴に触れる。
ここ数年で僕もかなり背が伸びたけど、この人には敵わない。クラウス兄さんは、この家の男の中でも特に背の高い人なのだ。
上からぺしぺしと頭を叩かれた僕は、隠すことなく不満を顔に出す。
嫌そうな顔をすればするほど、彼を喜ばせてしまうことは理解している。それでも我慢できず、ため息をつきながらクラウス兄さんの手を払いのけた。
クラウス兄さんは僕の叔父の長男で、6つ上の22歳。
現当主の長男である僕が生まれるまでは、シュナイフォード家の跡継ぎとして期待されていた人でもある。
そういった事情のせいか、幼い僕は、クラウス兄さんから負の感情を向けられたりもしていた。
関係が変わったのは、僕が7歳か8歳の頃。
当時の僕は、アイナへの恋心を自覚したばかり。
恋に浮かれた少年は、家族や親族を捕まえては好きな子の話を聞かせていた。
クラウス兄さんに会ったときもそんな調子だったから、向こうはすっかり毒気を抜かれてしまったそうだ。
あとから生まれてきて人を蹴落とした、達観したような顔ばかりする、腹の立つ子供。
そう思っていたのに、好きな子が作ってくれた花冠をしおしおにしてしまったと悲しむ姿を見たら、色々とどうでもよくなった。
気がつけば、恨んですらいた子供が弟のように見えてきて、試しにいじめてみたら面白くてくせになった。
彼が僕にそう話したのは、わりと最近のことだ。
そんな経緯もあるから、こうして兄弟のように過ごせていることを喜ぶべきなんだろう。
けど――
「ジークベルト坊や……」
すぐそばに立っていたアイナが、ポツリと呟いた。
僕らの関係を変えてくれた人、アイナの前で坊や扱いするのはやめて欲しかった。好きな人の前では、かっこいい男でいたいのだ。
好きな子に、かっこ悪い姿を見せてしまった。そう感じてへこんでいたところに、家から出てきた祖父母による追撃を受ける。
祖父母に挟まれ、惚気に利用された僕は、
「ごめん。しばらく待っていれば終わるから……」
アイナにそう伝えつつ、ぼんやりすることしかできなかった。




