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3 ジーク視点 僕はこの手を離さない

「やあ、アイナ」

「ジーク……」


 約束通りの時間に、ラティウス邸に到着できた。

 僕を出迎えてくれたアイナに笑いかけると、彼女はどこか気まずそうに視線をさまよわせる。

 それから、貴族のお嬢さんらしくお辞儀をした。


 以前のアイナは、笑って僕を迎えてくれた。

 挨拶もそこそこに遊び始め、僕の先を歩き、いろんなものを見せてくれた。

 でも、頭を打ったあの日から、彼女はあまり笑わなくなった。

 僕の手を引いて歩くこともしない。

 仲のいい婚約者から他人になってしまったようで、とても寂しかった。

 

「アイナ、また来るよ」

「……うん」


 婚約者の家に来てやったことといえば、静かに座ってお茶を飲んだだけ。

 楽しく話すような雰囲気にもならなかった。

 聞けば、彼女は僕以外の人に対してもこんな様子らしい。

 アイナの中で何かあったのかもしれない。

 僕には何もわからないし、寂しいし……。どうして、って思う。

 でも、また可愛い笑顔を見せてくれると信じているから、僕は何度だってアイナに会いに行く。

 彼女があまり乗り気じゃないのは知っている。

 それでも、僕は好きな子の手を離したくないんだ。



***



 僕は、アイナと初めて会ったときのことを覚えていない。アイナも同じだ。

 それも無理はないだろう。僕らは、2歳や3歳の頃から一緒に遊んでいた仲なのだから。


 僕らが婚約をしたのは10歳になってからで、わりと最近のことだ。

 親同士が決めたことになっているけど、僕の方は、アイナをお嫁さんにしたいって何年も前から思ってた。

 彼女が僕の特別なんだってわかったのは、7歳のとき。

 アイナと一緒にいると落ち着くなあ、と感じるようになったのは5歳か6歳のときだったと思うから……自覚していなかっただけで、僕はずっと前からアイナのことが好きだったんだろう。




 現国王の妹を祖母に持つ、王族の人間。

 順位は低いけど、王位継承権も与えられている。

 国王の息子や孫ではないけれど、王子として扱われることもある。

 年の離れた姉が2人いて、長男だけど末っ子。

 同年代の男子に比べれば、静かで落ち着いている方だって自負もある。

 それでいて、見た目は……美少女のようだと「評判」だ。

 ここに関しては、あと5年もすれば男らしく成長してかっこよくなれると信じてる。

 それが僕、ジークベルト・シュナイフォードだ。


 こんな立場だから、5歳の頃には既に、妙にギラギラしたご令嬢やその親の相手をすることもあった。

 僕との……いや、王族との繋がりが欲しかったんだろう。

 向こうの事情も自分の立場も少しは理解しているつもりだから、それを責めようとは思わない。

 自分の家の力を強めたいと考えて行動すること自体は悪くない。

 力をつければ守れるものも増えるのだから、当然といえば当然だ。

 王子様みたいな男に憧れる女の子だって、可愛らしいものなんだろう。

 ……そういったものが自分に向けられると、めんどうだなって思ってしまうけれど。



 そんな「お客さん」たちの相手ばかりで疲れていても、アイナに会うと心が安らいだ。

 彼女は公爵家の生まれで本人の身分も高く、僕とは幼児の頃からの幼馴染。

 だからか、王族のジークベルト・シュナイフォードにはあまり興味がないみたいだった。


 多くのご令嬢は、僕にアピールしてくるか、遠慮しておどおどしているかのどちらかだ。

 けど、アイナは違った。

 シュナイフォード家の屋敷に来れば「お庭を散歩させてください」と言い出し、綺麗な花を見つければそっちに夢中になる。

 王族の男子そっちのけでこれだから、ちょっと変わった子なのかもしれない。

 でも、僕はそんな彼女と過ごす時間が好きだった。



 アイナと一緒が楽だなあ、とぼんやり感じながら時が経ち、僕らは7歳になっていた。

 彼女に対するふわふわとした好意に名前がついたあの日のことは、今もよく覚えている。

 その日も、僕らはラティウス邸の花畑で一緒に過ごしていた。

 ここは僕らの……正確にはアイナのお気に入りの場所だ。


「ジークベルト様、ちょっと待っててください!」


 そう言うと、アイナは緑の絨毯に座り込む。

 アイナの手元を見てみると、彼女は小さな手で花冠を作っていた。

 これは完成まで相手をしてもらえないな。そう察した僕は、隣に座ってのんびりと彼女を見守った。

 少し経って、アイナが嬉しそうに声をあげる。


「できた!」


 ようやく完成したものは、お世辞にも上手いとはいえない出来だった。

 率直に言えば、下手だ。でも、彼女は目を輝かせている。

 そんなところもアイナらしい。

 完成したそれは、自分の頭にのせるのだろう。

 そう思っていると、


「ジークベルト様!」

「うん?」

「これ、私が初めて1人で作ったやつなんです。……もらってくれますか?」


 なんて言ってきた。


「……僕にくれるのかい?」


 驚いてそう尋ねると、アイナはにこにこと笑いながら頷いた。


 初めて1人で作った花冠を、僕に。

 綺麗には出来ていないものを、王族に。


 僕の家には、一流の職人が作ったものだってたくさんある。

 当然、上等な贈り物をされたことだってある。

 それに比べたら、庭の花で作った下手な花冠に、金銭的な価値はないだろう。

 でも、アイナが僕に作ってくれたものだと思うと、何よりも輝いて見えた。


「アイナ」

「?」


 アイナが首を傾げる。


「それ、僕の頭にのせてくれるかな?」

「……はい!」




 それから、僕はアイナに花冠の作り方を教えてもらった。

 自分がもらった気持ちを、彼女にもお返ししたかったのだ。

 アイナに教わりながら花を繋いでいく。

 気がつけば、アイナが作ったそれよりもずっとしっかりしたものが出来上がっていた。


「わあ……! ジークベルト様はやっぱりすごいです」


 アイナはそうはしゃいだ後、僕の頭に乗った花冠を見てしゅんと俯く。


「私の……下手でごめんなさい」

「……アイナ」


 僕はゆっくりと立ち上がり、自分が作ったそれをアイナの頭にのせた。

 座ったままのアイナが僕を見上げる。

 長い金の髪は風に揺られ、空みたいな水色の瞳には僕が映っていた。

 そんな彼女の頭には、白い花で作られた冠がのっていて、なんだか花の妖精と一緒にいるみたいだなあ、なんて思ってしまった。


「……うん、よく似合ってる。これでお揃いだね」

「でも、私のは、きれいにできてなくて……。そうだ、もっと上手に作り直します!」

「アイナ、僕はこれがいいんだ。君が初めて1人で作って、僕にくれた、これがいい」

「ジークベルト様……。私も、ジークベルト様がくれたこれがいいです」


 アイナはちょっと驚いたような顔をしたあと、頭の花冠に触れながらとても嬉しそうに笑った。

 この贈り物と笑顔が、彼女への気持ちを自覚させたのだ。

 アイナのことが好きだと理解してからの行動は早かった。

 


「アイナ」

「はい」

「ジークベルト、って呼んで欲しい。様はなしで」


 互いに花冠を頭にのせた状態のまま、呼び捨てにしてくれと要求した。


「え、えっと……。ジークベルト……様……」


 突然のことにアイナは戸惑っていたけれど、7歳の僕は引かない。


「ジークベルト」

「ジーク……ベルト…………さま」

「『さま』はなしで」


 今思うと、随分ぐいぐいといったものだと思う。


「じーく、べる、と……」

「うん」

「…………じーく」

「……! もう1回」

「ジークベ……」

「さっきのをもう1回」

「じーく……?」

「その呼び方がいいな」

「は、はい……」

「敬語もなしで」

「えっ……ええと……。ジーク、いいの……?」


 遠慮がちにそう言われたときの僕は、心の中で相当喜んでいた。

 この日だけで、僕はどれだけ胸を高鳴らせたのだろう。

 これ以来、彼女には「ジーク」と呼んでもらっている。

 実のところ、名前を略させろと一部から苦情が入っているけれど、ジーク呼びはアイナにしか許していない。




 それからの僕は、とてもわかりやすかったそうだ。

 客人が来るからお相手を、と言われれば「アイナですか!?」と前のめりになって聞き、何も言われなくても「アイナはいつ来ますか」「ラティウス邸に行ってもいいですか」と目を輝かせていた、と。


 そんな態度でいたから、アイナのことが好きなのだと家族にはすっかり知られていた。

 家族どころか、誰が見ても僕の気持ちがアイナに向いているのか明らかだったようで。

 多くの人は僕との縁談を進めても無駄だと判断し、撤退した。

 ラティウス家であれば家柄や勢力の問題も少なかったから、ジークベルト・シュナイフォードはアイナ・ラティウスと婚約するだろうと噂されていたそうだ。




 そんな風にアイナへの気持ちを積み上げながら、僕は10歳になっていた。

 最近になってようやく婚約をもぎとり、「アイナと結婚できる!」と幸せだったのだ。

 アイナは何かを気にして悩んでいるようだけど、僕の方にアイナと離れる気はない。

 もし、彼女が抱える悩みの1つに、僕との婚約が入っているのなら――結婚したいと思ってもらえるよう、努力するだけだ。

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