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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
16歳

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2 彼も彼女も可愛い末っ子


 あっという間に夏がやってきて、ジークベルトも夏季休暇に突入した。

 この国の夏は、日本に比べれば過ごしやすい。

 でも、暑いものは暑いから、馬車の中は結構つらかったりする。

 今回も……ジークベルトと一緒に彼の祖父母の家に向かうときも、最初は暑くて大変だった。

 それが、出発から三日目の今日、


「……涼しくなってきた?」


 なんとなく、空気がひんやりしてきた。


「この辺りは標高が高いからね」

「そっか」

「羽織るものもあるから、寒かったら言うんだよ」

「うん。ありがとう」

 

 そんなやり取りをした数時間後には、目的地に到着した。

 先に馬車をおりたジークベルトが、私に手を差し出す。すっかり大きくなったそれに自分の手を重ね、彼に続く。


「気温が全然違う。夏は過ごしやすそう」


 山の中に来ただけのことはある。

 隣に立つジークベルトは、私を見守って…………いなかった。

 彼は明後日の方向を見て、顔を引きつらせている。


「なんでクラウス兄さんが……」

「え? クラウス様?」

「あー……。ほら、あそこ」

「あ、本当だ……」

 

 ジークベルトが指さした先を見る。

 そこには、二階建ての民家と、少し離れた場所に立つ男性――クラウス様の姿があった。




 嫌そうな顔をするジークベルトに続き、民家に向かう。

 民家は木造二階建て。どこか懐かしさを感じさせる作りだ。

 ジークベルトの祖父母は、ここに住んでいるのだろう。

 二人で使うには大きすぎるぐらいだけど、親族用の部屋があるなら納得だ。

 正面まで行くと、クラウス様が片手をあげた。手の行先は、ジークベルトの頭だった。


「よく来たな、ジー坊」

「その呼び方はやめてください。……で、クラウス兄さんはどうしてここに?」

「どうしてって、ここは俺の祖父母の家でもあるんだぞ? 用事があって来てるんだ」

「……本当は?」

「生意気な坊やの邪魔をしに」


 楽し気に笑うこの男性は、クラウス・シュナイフォード様。

 ジークベルトの従兄で、年齢は……たしか、6つ上の22歳。

 クラウス様は、ジークベルトのお父さんの弟の長男。

 ジークベルト・シュナイフォードという男児が生まれてくるまでは、シュナイフォード家の跡継ぎになる可能性が高かった人だ。


 190センチはありそうな長身に、黒い瞳。

 ジークベルトと同じく、髪は茶色。

 牛乳たっぷりのミルクティーみたいな、落ち着いた色を持つジークベルトとは違って、クラウス様はオレンジ等の柑橘類を思わせる、活発な雰囲気のある茶色だ。


 社交の場でクラウス様を見かけたときは、キリっとしていてかっこよかった。

 ……今は完全に末っ子をいじるお兄さんモードだけど。

 普段は穏やかで余裕のあるジークベルトも、クラウス様の前では少年にしか見えない。

 にやにやと楽しそうなクラウス様と、機嫌の悪い子犬や子猫のようなジークベルト。

 その姿は、まるで――


「ジークベルト坊や……」

「アイナまで……。兄さん、彼女の前で坊や呼ばわりはやめてください。大体、もうそんな年じゃ……」


 ジークベルトの抗議とほぼ同じタイミングで、民家のドアが開く。


「いらっしゃい、ジークベルト!」


 家から飛び出してくるなり、老婦人がジークベルトに抱き着いた。挨拶のハグと言った方が正しいんだろう。

 一歩下がった位置で、老紳士が優しく微笑んでいる。

 この二人が、現国王の妹・リッカ様と、シュナイフォード家の先代当主であるアダルフレヒト様だ。

 お祝いの場などで二人に会ったときは、上品で落ち着いているけれど、厳しさや近寄りがたい雰囲気もある人……といった印象を抱いた。

 でも、16歳の孫を歓迎する姿は、普通のおじいちゃんとおばあちゃんで…………。


「大きくなったわねえ。顔つきもずいぶん大人っぽくなって……。若い頃のレヒトにそっくり」

「優しい目元は君似だよ、リッカ」

「そうかしら? あなた似だと思うけれど」


 孫を真ん中に挟み、「ここはあなたに似てて素敵」と盛り上がり始める老夫婦。

 ……普通のおじいちゃんおばあちゃんと呼んでいいのかどうか、よくわからなくなってきた。

 ジークベルトは「ごめん。しばらく待っていれば終わるから……」と言いながら、遠くを見ている。

 彼が祖父母を苦手とする理由が、少しわかった気がした。



***



 玄関先での手厚い歓迎のあと、それぞれ客室に案内された。

 ラティウス家の侍女は、身支度等が終わったら下がらせる。

 正直、わたし一人でも大丈夫だと思うけど……公爵家の人間としてそうはいかないようで、一緒に来てもらったのだ。

 自分だけになった空間で、ベッドに腰掛けて部屋を見渡した。


 シングルベッド、一人掛けのソファ、小さなテーブル、書きものにも使えそうな机……。

 そういった家具を置いたら、空きはあまりないぐらいの個室だ。

 公爵令嬢として見れば小さくて質素な部屋かもしれないけど、元日本の女子高生的には、広すぎず狭すぎず、落ち着いて過ごせる空間。

 窓から外を眺めれば、のんびりと過ごす馬や、小さな畑が見えた。

 森のようなエリアに向かって小川が流れているのもわかる。


 疲れただろうからまずは休憩。案内はそのあと……という話だったんだけど、窓から見える光景が気になって、外に出たくなってきた。

 リッカ様たちが気遣ってくれたのに、早く早くとせがむのも気が引ける。

 ……でも、ジークベルトから話を聞くぐらいなら、構わないかな。


 廊下に出て、隣の部屋、ジークベルトがいるはずの客室をノックする。

 こちらが名乗る前に「どうぞ」と返ってきた。彼の声はいつもより低く、不機嫌そうだ。

 お邪魔だったかなと思いつつ、控えめにドアを開けた。

 ベッド、ソファ、机……。客室の作りはほとんど変わらないみたいだ。


「なにか用ですか? からかいに来たなら帰ってください。僕だってもういい年なんですから、いちいちあなたの相手をするつもり……は……」


 ベッドに腰掛け、こちらを見ることもしないジークベルト。拗ねたような顔をして、手足も雑に投げ出している。

 私に視線を向けたかと思えば、数秒の硬直ののち、すっと姿勢を正した。


「ごめん。クラウス兄さんかと思ったんだ。……アイナ、どうしたんだい?」


 優しい彼に、嘘はないと思う。

 でも、私の前では優しく穏やかなこの人も、同年代の男性や親族の前では、普通の男の子だったり、末っ子だったりするわけで……。


「ちょっとわかったかも……」

「なにが?」

「あなたが年上の親族に可愛がられる理由……」


 16歳となった彼は、落ち着いていてかっこいい、大人の男性にも見える。

 そう成長した今でも、従兄につんとする彼の姿を可愛らしいと思えた。

 普段は柔らかい雰囲気なのに、少しからかうとぷんぷん怒る末っ子になるんじゃあ、いじりたくなるのも理解できる。

 

「ふふ、坊や……」


 自分の好きな人が、親族にも好かれている。

 坊や扱いされた彼は不服かもしれないけど、私は嬉しいし、そういった面ももっと知りたいなと感じる。

 微笑ましく思っていると、


「……一応言っておくと、君とお兄さんの関係も、似たようなものだからね」

「えっ……」


 いい笑顔でこんなことを言われてしまった。

 言われてみると、私もお兄様に対しては「ぷんぷん怒る末っ子」のような気がしてきた。

 でも、別に可愛くはないし……と悩む私を見た彼は、ふっと笑みをこぼす。


「とりあえず、そんなところに立っていないで、中においで。入って大丈夫だから」

「う、うん……」


 部屋に入れば、ソファに座るよう促された。

 

「なにか用があったのかな? ……もちろん、用なんてなくても大丈夫だけどね」

「えっと……」


 外の様子が気になるから、話を聞かせて欲しい。

 その他にも、アダルフレヒト様やリッカ様、従兄のクラウス様についても、話せることがあれば色々教えて欲しい。

 そんなことを伝えてみた。

 彼は少し考えてから立ち上がり、窓に向かう。

 私も続くと、特に気になるものはどれか確認してくれた。


「そうだな……。君も元気みたいだし、話しながら外を案内するよ」

「! ありがとう!」


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