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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
15歳

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番外編 ジーク視点 男だけじゃ雑にもなる

 学園生活3年目。

 最初は寄宿舎での暮らしに戸惑いもあったけど、半分も過ぎればもう慣れたもので。

 手早く朝の身支度を終えた僕は、食堂へ向かおうとしていた。

 寝つきも寝起きもいいタイプだから、自分だけなら朝食や授業に遅刻することはない。

 自分だけなら、だ。


「ブレーズ、ブレーズ!」


 同室の友人、ブレーズが目を覚ます気配がない。

 幼い頃からの友人である彼は、僕とは違い、朝に弱いタイプだった。


 朝、目を覚ましたらまずブレーズに声をかける。すると、「もう少し」と返される。

 支度を済ませたら、もう一度声をかける。ここでも「もう少し」だの「まだ早い」だのと言われる。

 最終的には、揺さぶって起こす。今は、揺さぶる段階に入っていた。


「ブレーズ、朝食に遅れる」

「うーん……」


 ダメだ。起きない。

 何が楽しくて、腹を出して寝る男を起こさなくちゃいけないのか。

 放っておいてもいいけれど、放置したら「起こしてくれ、諦めないでくれ」と言われたことがある。手荒でもいいから、とも。

 だから、こういうときはこうだ。

 べちっ!

 ブレーズの頭をひっぱたく。

 軽く叩いても意味はないから、それなりに力を込めた。

 その衝撃に、ブレーズの赤い瞳が姿を現す。


「いっでえ!」

「おはよう」

「もうちょっと優しくできないのかよ!」

「手荒でもいいと言ったのは君だよ」

「それにしたって、こう、優しさってもんがあるだろ!」


 へえ、優しくされたいのか。ならそうしよう。

 ブレーズの顎に指をかけて、くい、と上に引く。

 そして、愛情たっぷりにこう告げる。


「おはよう、眠り姫。よく眠れたかい?」


 しん、と場が静まり返る。


「いや、手荒でいい……。目は覚めるけど、マジで無理」


 ようやく喋ったブレーズの顔は、青ざめていた。

 せっかく優しくしてやったのに、失礼な奴だ。

 よく考えてみれば、アイナにすらこんなことしていない。

 なのに、男相手に顎をくい、追加で姫呼びの初めてを使ってしまった。

 勢いでやってしまったのは僕だけど……こちらも気分は最悪だ。


「……またやられたくなかったら、早く起きるように」

「おう……」


 眠り姫発言がよっぽど効いたのか、ブレーズは翌日からゆさぶられた段階で起きるようになった。

 こちらにもそれなりの被害が出ているのに、本当に失礼だな……。



***



 朝食、授業、昼食、授業、そして夕食。

 夕食まで終えたら、自由時間だ。

 といっても、予習や復習、自主レッスンに費やす時間も多いから、遊んでいられるわけじゃない。

 実際に自由になるのは、夜になってからだ。

 この日もいつもと同じように夜を迎えた僕たちは、


「なあ……腹減らねえ?」


 すっかりお腹を空かせていた。

 学園の食事は充実している。けれど、僕たちは成長期の男子。

 この時間までしっかり活動していることもあり、夜にはお腹が空いてしまう。

 ブレーズと同じく、僕も空腹。けれど、もう遅い時間だ。

 十分な食事に加えて夜食なんて食べたら、体型に影響が出る。


「……太ってアイナにがっかりされたくない」


 ブレーズは、静かに首を横に振る。


「俺たちは成長期だから、それぐらいじゃ太らない。身体が成長のための栄養を欲してるんだ。むしろ、食べないと男らしくなれない」

「つまり?」

「今からなにか食べよう」




 寄宿舎には、自由に使えるキッチンがある。

 冷蔵庫にはある程度の食材が入っていて、学生たちが好きに使うことができる。

 成長期の男子の食事事情ぐらいお見通しなんだろう。


「ジークベルト、なにか作れそうか?」

「ええと……パンケーキならできそうだね」

「肉は?」

「ウインナーとベーコンぐらいなら」

「なら、パンケーキとベーコンを焼こう」


 メニューを決めた僕たちは、早速調理に取り掛かる。

 こうして夜食を作るのは、珍しいことでもなかった。

 家にいるときは料理する機会のなかった僕らも、今では、簡単なものなら作ることができる。

 手分けしてパンケーキとベーコンを焼き始めれば、いい匂いが漂い始める。

 その匂いは、他の学生にも流れていき――


「なにか作ってるのか……?」

「俺も何か食べたい……」


 成長期の男たちを集めてしまった。

 群がってきた同期に向かい、自分で作れと言い放つ。


「ついでに作ってくれよ……」

「嫌だ」

「ジークベルト……」

「嫌だ」

「アイナ嬢になら作るだろ?」


 僕は、彼らに「ジークベルト」と呼ばれている。

 最初は様をつけてくる人もいたけど、次第に慣れていき、今ではこんな関係だ。

 僕が頻繁に帰省することも知っていて、アイナを引き合いに出してきたりもする。


「君たちはアイナじゃない」


 きっぱりそう言っても、彼らは諦めない。


「ジークベルトが冷たい」

「男には冷たい」

「優しくされたい」


 等、好き勝手に言っている。

 僕は1つ溜息をつき、パンケーキとベーコンがのった皿を差し出した。


「……ほら」

「ジークベルト様!」

「やっぱり優しかった」

「大切な人がいる男は違う」

「器が大きい」


 食べ物を恵んでやった途端にこれだ。

 腹が立ったから、「黙って食べて帰れ」と告げる。

 そんなことを言ったって、奴らは黙らないし、食べ終わっても帰らない。




 それ以降も同期が押しかけてきて、いつの間にか、作業を分担しての夜食作りが始まっていた。

 僕とブレーズは、引き続きフライパンの前。

 他のコンロも稼働している。

 パンケーキの生地を作る人、コンロの前に立つ人、食器を用意する人、配膳する人……とキッチンは大騒ぎだ。

 二人でささっと済ませるつもりだったのに、どうしてこんなことに……。

 僕らが夜食にありつけたのは、それなりに時間が経ってからのことだった。


 ブレーズと並んで部屋へ戻りつつ、深い溜息をつく。


「疲れたか?」

「疲れたよ」

「ま、こういうのも青春だよな」

「まあね……」


 今日だけで、どれだけのパンケーキを焼いたのだろう。もうへとへとだ。

 こうやって男だけで騒ぐ生活が、楽しくないと言えば嘘になる。

 けれど……。


「早くアイナに会いに行きたい……」


 いくら楽しくたって、好きな子になかなか会えないのはつらい。

 僕がぼやけば、ブレーズが「お? 惚気か?」と茶化してくる。

 とりあえず背中を一発叩くと、「おーこわ、アイナ嬢が知ったらどう思うかな」なんて言われてしまった。


 男だらけの環境に置かれるようになってから、雑な面が出てきたと自分でも思う。

 でも、そういう面を見せられる相手がいるのは、悪いことじゃないんだろう。

 僕の学生生活は、もう少し続く。

次回から16歳編。

ジークの夏季休暇に、二人で彼の祖父母に会いに行くお話です。


初めてのお泊まり旅行。

無防備なアイナ。

雨に濡れて透ける服。ずっと前から好きだった子との大接近。

必死に理性を保つジーク。いい匂いがする柔らかいあったかいもうダメ助けて。


ジークベルトは思った。

16歳の男なんて、大体バカなのだ、と。

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