番外編 ジーク視点 男だけじゃ雑にもなる
学園生活3年目。
最初は寄宿舎での暮らしに戸惑いもあったけど、半分も過ぎればもう慣れたもので。
手早く朝の身支度を終えた僕は、食堂へ向かおうとしていた。
寝つきも寝起きもいいタイプだから、自分だけなら朝食や授業に遅刻することはない。
自分だけなら、だ。
「ブレーズ、ブレーズ!」
同室の友人、ブレーズが目を覚ます気配がない。
幼い頃からの友人である彼は、僕とは違い、朝に弱いタイプだった。
朝、目を覚ましたらまずブレーズに声をかける。すると、「もう少し」と返される。
支度を済ませたら、もう一度声をかける。ここでも「もう少し」だの「まだ早い」だのと言われる。
最終的には、揺さぶって起こす。今は、揺さぶる段階に入っていた。
「ブレーズ、朝食に遅れる」
「うーん……」
ダメだ。起きない。
何が楽しくて、腹を出して寝る男を起こさなくちゃいけないのか。
放っておいてもいいけれど、放置したら「起こしてくれ、諦めないでくれ」と言われたことがある。手荒でもいいから、とも。
だから、こういうときはこうだ。
べちっ!
ブレーズの頭をひっぱたく。
軽く叩いても意味はないから、それなりに力を込めた。
その衝撃に、ブレーズの赤い瞳が姿を現す。
「いっでえ!」
「おはよう」
「もうちょっと優しくできないのかよ!」
「手荒でもいいと言ったのは君だよ」
「それにしたって、こう、優しさってもんがあるだろ!」
へえ、優しくされたいのか。ならそうしよう。
ブレーズの顎に指をかけて、くい、と上に引く。
そして、愛情たっぷりにこう告げる。
「おはよう、眠り姫。よく眠れたかい?」
しん、と場が静まり返る。
「いや、手荒でいい……。目は覚めるけど、マジで無理」
ようやく喋ったブレーズの顔は、青ざめていた。
せっかく優しくしてやったのに、失礼な奴だ。
よく考えてみれば、アイナにすらこんなことしていない。
なのに、男相手に顎をくい、追加で姫呼びの初めてを使ってしまった。
勢いでやってしまったのは僕だけど……こちらも気分は最悪だ。
「……またやられたくなかったら、早く起きるように」
「おう……」
眠り姫発言がよっぽど効いたのか、ブレーズは翌日からゆさぶられた段階で起きるようになった。
こちらにもそれなりの被害が出ているのに、本当に失礼だな……。
***
朝食、授業、昼食、授業、そして夕食。
夕食まで終えたら、自由時間だ。
といっても、予習や復習、自主レッスンに費やす時間も多いから、遊んでいられるわけじゃない。
実際に自由になるのは、夜になってからだ。
この日もいつもと同じように夜を迎えた僕たちは、
「なあ……腹減らねえ?」
すっかりお腹を空かせていた。
学園の食事は充実している。けれど、僕たちは成長期の男子。
この時間までしっかり活動していることもあり、夜にはお腹が空いてしまう。
ブレーズと同じく、僕も空腹。けれど、もう遅い時間だ。
十分な食事に加えて夜食なんて食べたら、体型に影響が出る。
「……太ってアイナにがっかりされたくない」
ブレーズは、静かに首を横に振る。
「俺たちは成長期だから、それぐらいじゃ太らない。身体が成長のための栄養を欲してるんだ。むしろ、食べないと男らしくなれない」
「つまり?」
「今からなにか食べよう」
寄宿舎には、自由に使えるキッチンがある。
冷蔵庫にはある程度の食材が入っていて、学生たちが好きに使うことができる。
成長期の男子の食事事情ぐらいお見通しなんだろう。
「ジークベルト、なにか作れそうか?」
「ええと……パンケーキならできそうだね」
「肉は?」
「ウインナーとベーコンぐらいなら」
「なら、パンケーキとベーコンを焼こう」
メニューを決めた僕たちは、早速調理に取り掛かる。
こうして夜食を作るのは、珍しいことでもなかった。
家にいるときは料理する機会のなかった僕らも、今では、簡単なものなら作ることができる。
手分けしてパンケーキとベーコンを焼き始めれば、いい匂いが漂い始める。
その匂いは、他の学生にも流れていき――
「なにか作ってるのか……?」
「俺も何か食べたい……」
成長期の男たちを集めてしまった。
群がってきた同期に向かい、自分で作れと言い放つ。
「ついでに作ってくれよ……」
「嫌だ」
「ジークベルト……」
「嫌だ」
「アイナ嬢になら作るだろ?」
僕は、彼らに「ジークベルト」と呼ばれている。
最初は様をつけてくる人もいたけど、次第に慣れていき、今ではこんな関係だ。
僕が頻繁に帰省することも知っていて、アイナを引き合いに出してきたりもする。
「君たちはアイナじゃない」
きっぱりそう言っても、彼らは諦めない。
「ジークベルトが冷たい」
「男には冷たい」
「優しくされたい」
等、好き勝手に言っている。
僕は1つ溜息をつき、パンケーキとベーコンがのった皿を差し出した。
「……ほら」
「ジークベルト様!」
「やっぱり優しかった」
「大切な人がいる男は違う」
「器が大きい」
食べ物を恵んでやった途端にこれだ。
腹が立ったから、「黙って食べて帰れ」と告げる。
そんなことを言ったって、奴らは黙らないし、食べ終わっても帰らない。
それ以降も同期が押しかけてきて、いつの間にか、作業を分担しての夜食作りが始まっていた。
僕とブレーズは、引き続きフライパンの前。
他のコンロも稼働している。
パンケーキの生地を作る人、コンロの前に立つ人、食器を用意する人、配膳する人……とキッチンは大騒ぎだ。
二人でささっと済ませるつもりだったのに、どうしてこんなことに……。
僕らが夜食にありつけたのは、それなりに時間が経ってからのことだった。
ブレーズと並んで部屋へ戻りつつ、深い溜息をつく。
「疲れたか?」
「疲れたよ」
「ま、こういうのも青春だよな」
「まあね……」
今日だけで、どれだけのパンケーキを焼いたのだろう。もうへとへとだ。
こうやって男だけで騒ぐ生活が、楽しくないと言えば嘘になる。
けれど……。
「早くアイナに会いに行きたい……」
いくら楽しくたって、好きな子になかなか会えないのはつらい。
僕がぼやけば、ブレーズが「お? 惚気か?」と茶化してくる。
とりあえず背中を一発叩くと、「おーこわ、アイナ嬢が知ったらどう思うかな」なんて言われてしまった。
男だらけの環境に置かれるようになってから、雑な面が出てきたと自分でも思う。
でも、そういう面を見せられる相手がいるのは、悪いことじゃないんだろう。
僕の学生生活は、もう少し続く。
次回から16歳編。
ジークの夏季休暇に、二人で彼の祖父母に会いに行くお話です。
初めてのお泊まり旅行。
無防備なアイナ。
雨に濡れて透ける服。ずっと前から好きだった子との大接近。
必死に理性を保つジーク。いい匂いがする柔らかいあったかいもうダメ助けて。
ジークベルトは思った。
16歳の男なんて、大体バカなのだ、と。




