番外編 末っ子同士
ジークベルトのことが好きだと自覚してから、少し経った頃。
天敵がこの家にやってきた。ううん、帰ってきたという方が正しい。
その天敵というのは……2つ上の兄のことだったりする。
兄・アルトもジークベルトと同じ学園に通っていた。
今日、お兄様は学園を卒業し、ラティウス家に戻ってくる。
別に嬉しくはないから、玄関で待ったりしない。
お出迎えなんてしたら、どんな目に遭うか……。考えるだけで恐ろしい。
だから、「到着したら教えて欲しい」とだけ、使用人に伝えた。
到着を待っているように見えると困るから、全く興味ありませんって顔でお茶を飲んでいる。
「……ナ! アイナ!」
遠くから、私を呼ぶ声が聞こえる。この声は、たしかにお兄様のもの。もう帰ってきたみたいだ。
その声はどんどん近くなってきて、
「アイナっ……‼︎」
感極まった様子のお兄様が、姿を現した。
私と同じ金髪に、水色の瞳。
見た目的には……黙っていれば、長身でがっちりした見た目の整った男性かもしれない。
妹の姿を捕捉し、お兄様はずんずんとこちらへ向かってくる。
私のすぐそばまで来ると、
「お兄ちゃんが帰ってきたぞ……!」
と言いながら、ばっと手を広げる。
お兄様の望みはわかっている。
おかえりなさい、お兄様! なんて言いながら、胸に飛び込んできてほしいんだろう。
「……」
「……」
流れる沈黙。動かない私。
妹に無視されたって、お兄様は簡単にめげたりしない。それなら自分から行けばいい。
そういう発想の人だ。
「よしよし、アイナ。嬉しいか!」
頭や顎をぐりぐりと撫でられ、遠い目をすることしかできなかった。
アルトお兄様は、ちょっと暑苦しい妹大好き人間だ。
正直なところ、私はこの手のタイプが苦手だった。
年齢1桁だった頃は、お兄様大好きなんて言っていた気がする。
けれど、2桁に近づく頃には、少し面倒だと気が付き始めていた。
ちなみに、お兄様にも婚約者がいる。
婚約者のルアナさんは、妹を大切に思う姿勢が素敵だと話していた。
確かに、家族を大切にするのはいいことだ。
けれど、10代後半と半ばの兄妹でこれは度が過ぎているような……?
そろそろ16歳になる私は、兄に頭を撫で回されながらそう思った。
***
「やあ、ジークベルトく……」
「お兄様、邪魔しないでください」
家に戻ってきた兄は、たまに私とジークベルトの邪魔をしにくる。
私が邪魔だと感じているだけで、本人にその気はないと思う。多分。
シスコン気味な人だけど、妹の婚約者に対して敵意はないみたいだ。
むしろ、ジークベルトのことを、可愛い義理の弟だと思っている感じがする。
妹の夫になる人も大切な家族、ってことなのかな。
私が婚約に納得していなかったら、違うのかもしれない。
でも、私はジークベルトのことを……すき、だし。
とにかく、お兄様は邪魔。
ジークベルトに会える時間は、とても貴重なのだ。二人にして欲しくて、お兄様をぎっと睨みつける。
なんとかお兄様を追い返し、兄妹に苦笑するジークベルトには軽く謝罪した。
すると彼は、うちも似たようなものだから、と言って笑った。
ジークベルトには、年の離れたお姉さんが二人いる。
ただでさえ愛らしかった彼に、年の離れた姉なんていたら。そりゃあもう、相当に可愛がられていたようで。
二人とも今は嫁いで家を出たけれど、昔は可愛い可愛いと撫で回されて大変だったとか。
そういえば、私もお姉さんたちによくしてもらっていた。
どこまで本当かわからないけれど、「弟の妻には是非アイナちゃんを!」 と私を推薦したのも、お姉さんたちだと聞いたこともある。
私たちの婚約が決まったのは、お姉さんたちのおかげなのかもしれない。
「それにしても……末っ子って……」
「大変、だね」
私の言葉に、ジークベルトが続く。
同じ気持ちだったことがわかり、くすくすと笑い合う。
そのまま、それぞれの家族についての話が始まった。
互いに溺愛される妹、弟なだけあって会話も弾む。
聞けば、彼は幼い頃、お姉さんたちのお古を着せられたことがあるとか。つまり女装だ。
シュナイフォード家当主でもあるお父さんに見つかった時、お姉さんたちはそれなりに叱られたそうだ。
「私も見たかった……」
素直な気持ちをそう口にすれば、
「それは勘弁して欲しいかな……」
と悲しそうな瞳で返された。
どうしてかと聞けば、「男のプライド」「君には絶対に見せられない」なんて言う。
小さい頃のこの人が女の子の格好とか、絶対可愛いのに。
「見たかったなあ……」
私の呟きに、彼は首を横に振った。




