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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
15歳

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9 全てのものが、今までより色づいて

「ジーク……」


 両腕を使って抱きつき、彼の肩に顔を埋め、大好きな人の名前を口にする。

 あったかくて、いい匂いがして、なんだかすごく幸せで……。ずっとこうしていたいと思えるぐらい安心できた。

 どのくらいのあいだ、ふわふわした心地でいたんだろう。

 数秒だったような、何分も経ったような。全然わからないけど、あるとき、急に冷静になった。


「あ、あれ……?」


 私は、一体なにを……?

 この人のことが好きだと自覚して、勝手に盛り上がって、急に飛びついて、そのままぎゅうぎゅうと抱き着いて……。

 飛びついたとき、彼は両手で私を受け止めてくれた。

 でも、今はこちらが一方的に抱き着いている状態で、彼の手は私に触れていない。


「えっと……。あの……じー、く……」


 ジークベルトの様子が気になって、恐る恐る顔を上げる。

 彼なら、この状況をなんとかしてくれるかもしれない。そう期待していた。

 急にどうしたんだい、とか。元気でよかった、とか……。

 いつもの感じでそう言って、何事もなかったように対応してくれるんじゃないか、って。

 私の瞳に映った彼は――口を半開きにして、頬を染めて硬直していた。


「っ……!」


 そんな反応をされると、こちらも更に恥ずかしくなってくる。

 どうしよう、なにか言って欲しい。行動でもいいから、とにかくこの状況を変えて欲しい。

 例えば……。


「ジークからも、ぎゅって抱きしめるとか……」


 抱きしめ返してくれれば、私が一方的にくっついてるわけじゃなくなって、恥ずかしさもまぎれるかも。

 そう思ったら、何故か口に出ていた。


「……!? ごごご、ごめんなさい! 私、突然なに、を……」


 あまりのことに今すぐ離れようとした、その瞬間。

 彼の腕が腰に回され、ぐいっと引き寄せられる。

 離れようとしたのに、くっついてる箇所が増えてしまった。

 動揺して少し暴れてしまったけれど、彼はびくともしない。


「あの、ジーク……?」


 困って彼の名前を呼んだって、返事はない。代わりに、優しく頬ずりされた。

 離してもらえそうにない。そう理解して観念し、こちらからも身体を預けてみる。

 先に抱き着いたのは私なのに、負けた気持ちになるのも変な感じだ。


 少し経つと、アイナ、と小さく名前を呼ばれた。

 ちょっとだけ身体を離して、すぐ近くにある彼の顔を見上げる。

 なあに、って気持ちを込めて、軽く首を傾げる。

 前髪をかき分けられ、額に、柔らかいなにかが触れた。

 顔を上げていたからわかる。彼は、私の額に唇を落としたのだ。


「っ……!」


 彼の目を見ながら、口をぱくぱくさせる。色々起こりすぎて、なにも言葉にできない。

 視線を落とし、さまよわせてから――もう一度、彼と視線を絡ませた。

 黒い瞳が愛おしそうに細められたものだから、つられてふにゃりと笑ってしまった。

 目の前の彼が、ひゅっと息を飲んだのがわかる。

 どうしたんだろうと思っていると、腕に力が込められて、そのまま潰されそうになった。


「ジーク、いたい……」


 彼は慌てて私を解放し、ごめんと謝ってくる。

 きっちり離れてくれたから、もう痛くない。……痛くはないけれど、完全に離されてしまうと、なんだか寂しい。

 ……もう一回、抱きついてもいいかな。一歩離れた場所に立つ彼と見つめ合う。

 どちらともなく前進し、手を伸ばし、再び身体が触れ合いそうになったとき――


「んふっ……」


 どこからか、女性の笑い声のようなものが聞こえた。

 嫌な予感がして後ろを見れば、ぷるぷると身体を震わせるお母様の姿があった。

 これ以上ないほどに嬉しそうで、にやけるのを必死にこらえている感じだ。


「おかあさま……?」

「ごめんなさい、邪魔をする気はなかったのよ? ジークベルト様が到着されたと聞いて来てみたら、あなたが幸せそうにしていたから、声をかけるタイミングを失って……」

「じゃあ、ずっと、見て……」


 見られた……? 親に、異性と抱き合っているところを……見られた……?


「あ、ああ……ううっ……。じーくぅ……」

「はは……」


 すぐそばに立つ彼に助けを求めても、苦笑されるだけだった。



***



 今日の昼食も、いつも通りに私が用意した。

 食休みまで済んだら外に出て、二人で庭を歩く。


「今日のこと、お父様にまで知られたらどうしよう……。そんなことになったら、恥ずかしすぎてもうこの家を出るしか……」

「君に家を出られたら困るなあ」

「……困る?」

「そりゃあね。君が公爵家の人じゃなくなったら、色々大変だから」


 ……それは、今から新しい婚約者を探すことになるからだったりする?

 そんなことを考えて、俯いた。

 けれど、続く彼の言葉を聞いて、すぐに顔を上げることになる。


「君自身や親族を説得する、無理やり連れ戻す、君を追う……。君を諦める選択肢はないから、このどれかになるだろうね。どれも大変そうだ。君が出て行かなくて済むよう、気を付けるよ」

「う、うん。ありがとう……?」

「ところで、今日の昼食の話なんだけど」

「お昼?」


 私が家を出たら、彼はどうするのか。

 私にとっては重要なことだけど、彼からすればちょっとした雑談のようで。さらっと話題が変わった。


「君でも、失敗することがあるんだね?」

「う……」


 今日の私は調理に全く集中できず、メインのお肉を盛大に焦がした。

 彼はその件について言ってるんだろう。

 何故か嬉しそうなジークベルトが「そのままでいい」と言ってきたから、作り直したりはしなかった。


「考え事でもしていたのかな」

「わかって言ってる……?」

「うん」


 このタイミングで考え事といったら、そりゃあ、今日のあれそれについてだ。

 ジークベルトだってわかってるくせに、わざわざ私に聞いて、ものすごく楽しそうにしている。


「学園見学のときもちょっと思ったけど……。ジークって、意外と意地悪?」

「そうかもしれないね」

「昔はもっと可愛かったのに……」

「昔って、いつ頃の話だい?」


 少し考えてみる。10歳や12歳のときも可愛かったけど、私が知ってる中で、一番可愛かった時期は……。


「7歳ぐらい……?」

「7歳……。そりゃあ変わるよ。僕も来年には16だからね。……7歳のままの方がよかった?」

「そういうわけじゃ……」

「君は……」


 話に夢中になっていた私は、木の根っこに引っかかって転びそうになり――隣を歩く彼に支えられ、事なきを得た。


「君は昔よりしっかりしてるかな? 目を離すと危ないのは相変わらずだけど」

「……それだけ? 別人だとか思わない?」

「変わったと思う部分はあるよ。でも、君は君だった」


 10歳のあのときは、ちょっとびっくりしたけどね。そう付け足して、彼は微笑んだ。

 彼の言葉に疑問が浮かぶ。

 もしかして、この人の中の私って、あんまり変わってない……?

 前世の記憶を取り戻したあの日から、「アイナ」は完全に別の人になったと思っていた。

 彼の反応を見た感じだと、そうでもなかったみたいだ。


「あ、あの、ジーク」

「うん?」

「こんな人と婚約したはずじゃなかったのに……って思ったりしなかった?」

「え?」

「こんな風に変わるなら、違う人がよかったなあと思ったことはない?」

「え? え? アイナ? え? ない……ないよ? 寂しくなったことはあるけど、こんなはずじゃなかったとか、違う人がよかったとか、そんな風に思ったことはないよ!?」

「本当に……?」

「本当に!!」


 力強い言葉と同時に、がしっと肩を掴まれる。

 私を見つめる瞳は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えない。

 視線の高さまで私に合わせてくれている。


 私はどこか変わったと、彼もわかっていた。

 寂しい思いもさせてしまった。

 でも、全く別の人になったとは思われていなかった。

 私との婚約を、後悔していなかった。

 昔とは違うことも理解したうえで、私が家を出たら連れ戻すとか追いかけるとか……私を諦めないと言ってくれたんだ。


「わかってくれたかな……?」

「……うん」


 しっかり頷けば、彼は私を解放してくれた。

 なんだろう、周りの景色がよく見えるようになった気がする。

 いい気分のまま空を見上げ、呟いた。


「そっか……。そっかあ……」


 私は、この人のそばにいていいんだ。

 大好きな人の婚約者として、ここにいていいんだ。


「ジーク、ありがとう」


 気がつけば、そんな言葉が勝手に飛び出していた。

 晴れ晴れとした気持ちで彼に視線をやると、


「……ジーク?」


 どうしてか、彼はお腹の痛みを我慢している人みたいな顔をして、少し離れたところに立っていた。


「どこか痛いの?」

「いや……大丈夫……。今の君にちゃんと伝わったなら、それで大丈夫」

「そう? 調子が悪いなら、無理しなくても……」

「うん。ありがとう……。でも大丈夫だから」

「ならいいんだけど……。あっ、もしかして、焦げたお肉のせい……!?」

「違う、本当に違うから……」


 何度聞いても、彼は「大丈夫」「違う」と繰り返す。

 心配だけど、しつこくするのもよくないかもしれない。


「じゃあ、いこっか」


 気を取り直して彼の手を取り、私が先を進む。

 行先は、私たちお気に入りの花畑だ。

 お花は少ない季節だけど、なにもないわけじゃない。

 それに、何も咲いていなかったとしても、私は今、あの場所に行きたいんだ。







 私に手を引かれ、後ろを歩く彼が軽く息を吐く。


「こういう感じは、ずっと変わらないね……」

「ジーク?」

「君は君だなあって話」

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