7 男たちは、婚約者大好き男の邪魔をしたい
「美味しい!」
「それはよかった」
彼オススメのお店なだけあり、紅茶も軽食も、出てきたものはみんなとても美味しかった。
私が素直に喜ぶと、彼も嬉しそうに微笑んでくれる。
そうやって優しい表情を向けられると、落ち着くけど落ち着かない……みたいな、自分でもよくわからない心地になってしまう。
もしも、この人が他の女性と同じように過ごしていたらと思うと、考えるだけで嫌になる。
一緒にいた女性が彼の従姉で、本当によかった。
「はー……」
せっかく美味しいものが目の前にあるのに、盛大な溜息をついてしまった。
「アイナ?」
「女性を連れ込んでるのかと思った……」
「つ、つれこ……!? そんなことしないよ!? 君がいるのに、そんなことするわけないからね!?」
彼にしては珍しい、大きめの声と早口。相当慌てているみたいだ。
「まず、そんなことをする気がないのは大前提として……。ここに入れるのは、学生の親族と婚約者ぐらいなんだ。それも、申請すれば必ず許可されるわけでもない。だから、女性を連れ込むなんて無理な話で……」
「そ、そうだよね。親族と……婚約者、しか…………」
「一応言うけれど、他の学生の姉や妹とこっそり……とかもないからね。本当に。絶対にないから。わかったね?」
身を乗り出す勢いの彼に圧倒され、こくこくと頷く。
私の首が縦に動いたことを確認すると、すっかり肩を落としてしまったジークベルトが、
「僕、信用されてないのかな……」
と弱々しく呟いた。
「ち、違うの。あなたを疑っていたわけじゃないんだけど……。今日はびっくりしちゃって……」
「……びっくり?」
ジークベルトが少し顔を上げる。彼の黒い瞳は、光を宿していなかった。
そんな風に「疑われた……つらい……悲しい……」みたいな目を向けられてしまうと、適当に流しちゃいけない気持ちになってくる。
「男性しかいないはずの場所で女の人と二人だったから、勝手に焦っちゃった、のかな……。従姉だなんて思わなかったし」
「……うん」
「二人の表情を見れば、親しいのもわかったから……。どういう仲なんだろうって不安になって……」
「……続けて」
「私の姿を見つけたあなたが、嬉しそうに手を振ってくれたとき……拍子抜けしたけれど、すごく安心もして……」
「なるほど。よくわかったよ」
「ならよかっ……た……。ジーク?」
瞳に悲しみを宿していたはずの彼は――どうしてか、とても楽しそうにしていた。
「え、なに、その顔……」
「いい話が聞けたなと思って。……もう少し経ったら、予定通り敷地を散策しよう。もちろん二人で、ね。見ておきたいところがあれば、優先して案内するよ」
「んっと……それじゃあ……」
地図を広げながら、興味のある場所を彼に伝える。
私の希望を聞いたジークベルトは、「ならここを先に……」とルートを組み立てていた。
***
「そろそろ行こうか。まずは大講堂に……」
「ねえ、ジーク。やっぱりお友達なんじゃ……」
「違うよ」
食休みまで終え、さあ見学に行こう! ……となる前に、同じ質問をする私に、ジークベルトが同じ答えを返す状況が生まれていた。
ある程度の距離があり、ガラスで隔てられた場所……喫茶店の外から、私たちに視線を送る男性が四人。
最初は隠れてこちらを見ていたけれど、私が軽く会釈してみたら、普通に姿を現した。
その際、きっちりお辞儀もされている。
なのに、ジークベルトは「違う、知らない、友人じゃない」と繰り返すばかりで、彼らと目を合わせようともしない。
「アイナ、無視していいから」
「でも、ずっと私たちを見てるし……。それに、せっかく挨拶してくれたのに、無視はちょっと……」
「……君がそう言うなら」
どこか不満そうな彼が、男子生徒たちに向かって手招きをする。
四人まとめて中に入ってきて、スマートに私への挨拶をこなす。そのうちの一人が「これからどうするのか」と私に質問。
ジークベルト様に学園を案内していただきます、と答えれば、同行したいと言われ、何故か六人で行動することになった。
当然、六人のうち、女性は私一人だ。
喫茶店を出て少し歩いた頃には、四人と二人に分かれていた。
先を歩く四人には、私と、よく知らない男性が三人。
後ろにはジークベルトと、彼の幼馴染で親友のブレーズ様。ブレーズ様は、寮でもジークベルトと同室だったはずだ。
できればジークベルトにそばにいて欲しかったけれど……男性同士でなにか話しているみたいだから、今は仕方ない。
そう思っていても、ちらちらと後ろを見てしまう。
彼がなにを話しているのか気になるのも、理由の1つだ。でも、それよりも。
「っ……」
この国では、上流階級の男性は全寮制の学園に通う。だから、同年代の男子は私の近くにいない。
過去に色々あったらしく、婚約者に会えない女性も、男性がいる場へ無理に顔を出さなくていいことになっている。
そういった訳で男性との接点が少ないから、こうして囲まれると少し怖いのだ。
三人とも私より背が高く、身体つきだってしっかりしている。
彼らがジークベルトの学友なことも、怖い人じゃないこともわかっている。
それでも、後ろを歩く婚約者に、心の中で助けを求めてしまう。
もう一度、ジークベルトに視線を送る。
ようやく私を見てくれたその人は、ずんずんと荒っぽく進んで、学友と私のあいだに割り込んだ。
ほっとしたのも束の間、
「!?」
私の肩を抱き、ぐいっと引き寄せた状態で他の男子を追い払うものだから、更に落ち着かない状態になってしまった。
助けてくれたのは嬉しい。嬉しいんだけど、婚約者の腕に収まる姿を見られるのはとても恥ずかしい。
「大丈夫かい? 離れて悪かったね。彼らも少しはしゃいでるだけで、悪い奴らではないから……」
「あ、うん、だいじょぶ、だいじょうぶ」
「大丈夫には見えないけど……」
「あの、その、本当に大丈夫だから、一度離れてもらえると……助かるかなって……」
「え? …………あっ」
自分が何をしているのか、ようやく気が付いたようだ。
驚いたような声を出したあと、そっと解放してくれた。
「ごめん……」
「ううん、大丈夫……」
なんともいえない空気に、なんともいえない距離。
どちらかが手を伸ばせば、簡単に手を繋ぐことができる。
でも、どちらもそうせず、互いに顔を赤くして進む。
少し経つと、ちょっと離れた位置にいた男子たちが、再び私に近づいてくる。
今度はジークベルトが隣にいるから、あまり緊張せずに済んだ。
ジークベルトや学友から説明を受けつつ、学園を進む。
学園での暮らしや、他の学生から見たジークベルトの学生生活等、色々教えてもらえたから、他の人も一緒でよかったと感じる。
こうして学園に来て、実際に彼らの様子を見て、話を聞いて、よくわかった。
ジークベルトは、学園にもしっかり居場所がある。
私や家族に会うために帰省しているという彼の言葉は、本当だったのだろう。
「よかった……」
この人は、一人じゃない。
そう思えて、すごく安心した。
ただ、ちょっと気になることがある。
「アイナ?」
少し髪の乱れた彼が、私に笑顔を向ける。
最初に会ったときは、綺麗に整えられていたはずだ。
なんだろう、私の視界に入らない場所で、ジークベルトと他の男子が争っている気がする。
……安心していいんだよね?
同性だからできることもあるって、私だってわかってる。
これはきっと、男同士の戯れみたいなもので……。
えっと……うん。仲良しなんだと思うことにしよう。
***
「皆さん、本日はありがとうございました。……ジークベルト様を、よろしくお願いします」
本来の待ち合わせ場所だった、噴水前にて。
ジークベルトと一緒に学園を案内してくれた彼らに、そう伝えた。
女性の私は、ジークベルトと一緒にはいられない。
だから、同性の彼らにお願いすることしかできないのだ。
……いつかはこの国でも、男女が同じ学校に通い、同じ教育を受けられるようになればと思う。
他の学生とは噴水前で別れ、門にはジークベルトと二人で向かった。
徐々に日が沈んできたぐらいの時刻だけど、学生じゃない私は、もうここを出なきゃいけない。
「ジークも、今日は色々見せてくれてありがとう。学園でどう過ごしているのか、少し心配だったけど……楽しくやれてるみたいでよかった」
私の後ろには、立派な門と、門衛。
そちらへ進み、敷地の外に出てしまったら、ジークベルトともお別れだ。
……といっても、彼が頻繁に帰省してくれるから、何か月も会えないわけじゃないけれど。
「それじゃあ、また今度」
そう言ってはみたものの、名残惜しい。
彼もどこか寂しそうで、いつもは私がこんな顔をしているのかもしれないな、と思った。
でも、いつまでもこうしてはいられない。
もう一度別れの挨拶をして、外に向かう。……向かおうとした。
「ジーク?」
腕を掴まれてしまい、それ以上進めない。
振り返った先。ジークベルトの表情はとても真剣で。
「アイナ、僕が卒業するまで……」
そこまで言ってとまり、少し考えてから、もう一度口を開いた。
「……卒業するまでの残り2年も、ちゃんと君に会いに行く。だから、待っていて欲しい」
「……うん。待ってる」
今度こそ彼と別れ、私だけが門の外に出る。
中に残され、寂しそうにこちらを見つめ続ける彼は、置いて行かれた子犬みたいだった。
こうして、私の学園見学は無事に終了した。
びっくりすることも起きたけど、ここに来て本当によかったと思っている。




