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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
15歳

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7 男たちは、婚約者大好き男の邪魔をしたい

「美味しい!」

「それはよかった」


 彼オススメのお店なだけあり、紅茶も軽食も、出てきたものはみんなとても美味しかった。

 私が素直に喜ぶと、彼も嬉しそうに微笑んでくれる。

 そうやって優しい表情を向けられると、落ち着くけど落ち着かない……みたいな、自分でもよくわからない心地になってしまう。

 もしも、この人が他の女性と同じように過ごしていたらと思うと、考えるだけで嫌になる。

 一緒にいた女性が彼の従姉で、本当によかった。


「はー……」


 せっかく美味しいものが目の前にあるのに、盛大な溜息をついてしまった。


「アイナ?」

「女性を連れ込んでるのかと思った……」

「つ、つれこ……!? そんなことしないよ!? 君がいるのに、そんなことするわけないからね!?」


 彼にしては珍しい、大きめの声と早口。相当慌てているみたいだ。


「まず、そんなことをする気がないのは大前提として……。ここに入れるのは、学生の親族と婚約者ぐらいなんだ。それも、申請すれば必ず許可されるわけでもない。だから、女性を連れ込むなんて無理な話で……」

「そ、そうだよね。親族と……婚約者、しか…………」

「一応言うけれど、他の学生の姉や妹とこっそり……とかもないからね。本当に。絶対にないから。わかったね?」


 身を乗り出す勢いの彼に圧倒され、こくこくと頷く。

 私の首が縦に動いたことを確認すると、すっかり肩を落としてしまったジークベルトが、


「僕、信用されてないのかな……」


 と弱々しく呟いた。


「ち、違うの。あなたを疑っていたわけじゃないんだけど……。今日はびっくりしちゃって……」

「……びっくり?」


 ジークベルトが少し顔を上げる。彼の黒い瞳は、光を宿していなかった。

 そんな風に「疑われた……つらい……悲しい……」みたいな目を向けられてしまうと、適当に流しちゃいけない気持ちになってくる。


「男性しかいないはずの場所で女の人と二人だったから、勝手に焦っちゃった、のかな……。従姉だなんて思わなかったし」

「……うん」

「二人の表情を見れば、親しいのもわかったから……。どういう仲なんだろうって不安になって……」

「……続けて」

「私の姿を見つけたあなたが、嬉しそうに手を振ってくれたとき……拍子抜けしたけれど、すごく安心もして……」

「なるほど。よくわかったよ」

「ならよかっ……た……。ジーク?」


 瞳に悲しみを宿していたはずの彼は――どうしてか、とても楽しそうにしていた。


「え、なに、その顔……」

「いい話が聞けたなと思って。……もう少し経ったら、予定通り敷地を散策しよう。もちろん二人で、ね。見ておきたいところがあれば、優先して案内するよ」

「んっと……それじゃあ……」


 地図を広げながら、興味のある場所を彼に伝える。

 私の希望を聞いたジークベルトは、「ならここを先に……」とルートを組み立てていた。



***



「そろそろ行こうか。まずは大講堂に……」

「ねえ、ジーク。やっぱりお友達なんじゃ……」

「違うよ」


 食休みまで終え、さあ見学に行こう! ……となる前に、同じ質問をする私に、ジークベルトが同じ答えを返す状況が生まれていた。

 ある程度の距離があり、ガラスで隔てられた場所……喫茶店の外から、私たちに視線を送る男性が四人。

 最初は隠れてこちらを見ていたけれど、私が軽く会釈してみたら、普通に姿を現した。

 その際、きっちりお辞儀もされている。

 なのに、ジークベルトは「違う、知らない、友人じゃない」と繰り返すばかりで、彼らと目を合わせようともしない。


「アイナ、無視していいから」

「でも、ずっと私たちを見てるし……。それに、せっかく挨拶してくれたのに、無視はちょっと……」

「……君がそう言うなら」


 どこか不満そうな彼が、男子生徒たちに向かって手招きをする。

 四人まとめて中に入ってきて、スマートに私への挨拶をこなす。そのうちの一人が「これからどうするのか」と私に質問。

 ジークベルト様に学園を案内していただきます、と答えれば、同行したいと言われ、何故か六人で行動することになった。

 当然、六人のうち、女性は私一人だ。




 喫茶店を出て少し歩いた頃には、四人と二人に分かれていた。

 先を歩く四人には、私と、よく知らない男性が三人。

 後ろにはジークベルトと、彼の幼馴染で親友のブレーズ様。ブレーズ様は、寮でもジークベルトと同室だったはずだ。

 できればジークベルトにそばにいて欲しかったけれど……男性同士でなにか話しているみたいだから、今は仕方ない。

 そう思っていても、ちらちらと後ろを見てしまう。

 彼がなにを話しているのか気になるのも、理由の1つだ。でも、それよりも。


「っ……」


 この国では、上流階級の男性は全寮制の学園に通う。だから、同年代の男子は私の近くにいない。

 過去に色々あったらしく、婚約者に会えない女性も、男性がいる場へ無理に顔を出さなくていいことになっている。

 そういった訳で男性との接点が少ないから、こうして囲まれると少し怖いのだ。

 三人とも私より背が高く、身体つきだってしっかりしている。

 彼らがジークベルトの学友なことも、怖い人じゃないこともわかっている。

 それでも、後ろを歩く婚約者に、心の中で助けを求めてしまう。

 もう一度、ジークベルトに視線を送る。

 ようやく私を見てくれたその人は、ずんずんと荒っぽく進んで、学友と私のあいだに割り込んだ。

 ほっとしたのも束の間、


「!?」


 私の肩を抱き、ぐいっと引き寄せた状態で他の男子を追い払うものだから、更に落ち着かない状態になってしまった。

 助けてくれたのは嬉しい。嬉しいんだけど、婚約者の腕に収まる姿を見られるのはとても恥ずかしい。


「大丈夫かい? 離れて悪かったね。彼らも少しはしゃいでるだけで、悪い奴らではないから……」

「あ、うん、だいじょぶ、だいじょうぶ」

「大丈夫には見えないけど……」

「あの、その、本当に大丈夫だから、一度離れてもらえると……助かるかなって……」

「え? …………あっ」


 自分が何をしているのか、ようやく気が付いたようだ。

 驚いたような声を出したあと、そっと解放してくれた。


「ごめん……」

「ううん、大丈夫……」


 なんともいえない空気に、なんともいえない距離。

 どちらかが手を伸ばせば、簡単に手を繋ぐことができる。

 でも、どちらもそうせず、互いに顔を赤くして進む。

 少し経つと、ちょっと離れた位置にいた男子たちが、再び私に近づいてくる。

 今度はジークベルトが隣にいるから、あまり緊張せずに済んだ。

 

 ジークベルトや学友から説明を受けつつ、学園を進む。

 学園での暮らしや、他の学生から見たジークベルトの学生生活等、色々教えてもらえたから、他の人も一緒でよかったと感じる。

 こうして学園に来て、実際に彼らの様子を見て、話を聞いて、よくわかった。

 ジークベルトは、学園にもしっかり居場所がある。

 私や家族に会うために帰省しているという彼の言葉は、本当だったのだろう。


「よかった……」


 この人は、一人じゃない。

 そう思えて、すごく安心した。

 ただ、ちょっと気になることがある。


「アイナ?」


 少し髪の乱れた彼が、私に笑顔を向ける。

 最初に会ったときは、綺麗に整えられていたはずだ。

 なんだろう、私の視界に入らない場所で、ジークベルトと他の男子が争っている気がする。

 ……安心していいんだよね?

 同性だからできることもあるって、私だってわかってる。

 これはきっと、男同士の戯れみたいなもので……。

 えっと……うん。仲良しなんだと思うことにしよう。



***



「皆さん、本日はありがとうございました。……ジークベルト様を、よろしくお願いします」


 本来の待ち合わせ場所だった、噴水前にて。

 ジークベルトと一緒に学園を案内してくれた彼らに、そう伝えた。

 女性の私は、ジークベルトと一緒にはいられない。

 だから、同性の彼らにお願いすることしかできないのだ。

 ……いつかはこの国でも、男女が同じ学校に通い、同じ教育を受けられるようになればと思う。


 他の学生とは噴水前で別れ、門にはジークベルトと二人で向かった。

 徐々に日が沈んできたぐらいの時刻だけど、学生じゃない私は、もうここを出なきゃいけない。


「ジークも、今日は色々見せてくれてありがとう。学園でどう過ごしているのか、少し心配だったけど……楽しくやれてるみたいでよかった」


 私の後ろには、立派な門と、門衛。

 そちらへ進み、敷地の外に出てしまったら、ジークベルトともお別れだ。

 ……といっても、彼が頻繁に帰省してくれるから、何か月も会えないわけじゃないけれど。


「それじゃあ、また今度」


 そう言ってはみたものの、名残惜しい。

 彼もどこか寂しそうで、いつもは私がこんな顔をしているのかもしれないな、と思った。

 でも、いつまでもこうしてはいられない。

 もう一度別れの挨拶をして、外に向かう。……向かおうとした。


「ジーク?」


 腕を掴まれてしまい、それ以上進めない。

 振り返った先。ジークベルトの表情はとても真剣で。


「アイナ、僕が卒業するまで……」


 そこまで言ってとまり、少し考えてから、もう一度口を開いた。


「……卒業するまでの残り2年も、ちゃんと君に会いに行く。だから、待っていて欲しい」

「……うん。待ってる」


 今度こそ彼と別れ、私だけが門の外に出る。

 中に残され、寂しそうにこちらを見つめ続ける彼は、置いて行かれた子犬みたいだった。


 こうして、私の学園見学は無事に終了した。

 びっくりすることも起きたけど、ここに来て本当によかったと思っている。

 

 

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