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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
15歳

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6 まさかの修羅場 なんてことはなく

「ここが……あの人がいる学校……!」


 学園の門をくぐった私は、目の前に広がる光景に目を輝かせた。

 豊かな自然。よく手入れされた木々や草花。どこかで軽やかに小鳥が鳴いている。

 建物はどれも立派で、歴史を感じさせるものから、最近建てられた風のものまである。

 少し足を踏み入れただけでも奥行が感じられ、広大な敷地を有していることがわかる。

 前世の私の知識で言うと、中学校や高校より、大学に近い雰囲気だ。

 ……入学できずに終わったから、オープンキャンパスで見たぐらいだけども。


「ジークが言ってた噴水って、これのことかな……?」


 門をくぐれば、噴水が目の前に現れた。周囲にベンチもあり、休憩するのによさそうな場所だ。

 事前のやりとりで、噴水前で待ち合わせをすることになっていた。

 来ればわかると言われても、ちょっと不安だった。来てみれば、なるほど、確かにこれは見逃しようがない。


「場所は合ってるはずだけど……。流石に、まだいないよね」


 私より早く来て、待っていて欲しかった……みたいな気持ちはない。

 何故なら、


「早すぎた……」


 約束の時刻まで、あと数時間あるのだから。

 私が日も昇らないうちからそわそわしていたため、予定より早く家を出ることになったのだ。

 そういうことだから、彼がここにいないのは当然。むしろ、いたらびっくりする。

 一人でいいと言ってしまったため、お付きも案内人もおらず、手元には地図が一枚。

 門まで引き返して、やっぱり誰か来て欲しいと言うこともできるけど――


「学園内だし、一人で動いても大丈夫だよね」


 そう思い、待ち合わせの時間まで散策することにした。




 ジークベルトによると、今日は授業のない日だそうだ。

 そのせいか、お昼には少し早いぐらいの今も、それなりの数の男子とすれ違う。

 女子が珍しいようで、視線を感じて少し落ち着かない。


「あれは……喫茶店、かな?」


 歩くうちに、喫茶店のような建物を見つけた。

 素敵な音楽が流れていそうな、落ち着いた空間。

 年齢的にないと思うけど、お酒を提供していると言われても納得する。

 男子だけの学校なのに、女性が好きそうな……デートに使えば喜ばれそうなお店だ。

 外が好きなこの国らしく、テラス席もある。


 ジークベルトから聞いた話によると、朝夕の食事は学生寮でとるけれど、昼食は寮で済ませてもよし、学内の他の施設で食べてもよし、自分で用意してもいいそうだ。

 この喫茶店も、学生の昼食や休憩用に作られた施設の1つなんだろう。

 ガラス越しに店内を覗くと、学生の姿も見える。その中に、女性のお客さんを発見した。

 ふわふわとした茶髪のその人は、私より少し年上だろうか。

 なるほど、この空間だと女性は目立つ。私と同じように、婚約者に会いに来ているのかもしれない。

 自然と、女性の正面に座る人へ視線がうつる。

 そこにいたのは――


「ジーク……?」


 他の誰でもない、私の婚約者、ジークベルトだった。


「え……。えっ……?」


 彼はふてくされたような表情も見せていて、二人の親しさが伝わってくる。

 そんな顔、私の前ではしないのに。

 彼の子供っぽい表情を見たことはある。

 でも、私に見せるのは喜んだり落ち込んだりしたときのもので、拗ねた子供みたいな顔はしない。

 そんな姿を見せるほど、相手の女性に心を許しているんだろうか。

 身体が冷たくなっていく。心臓はばくばくと嫌な音をたて、手は震えた。


「どうして……?」


 あの人は誰なんだろう。二人はどういう関係?

 他の女性と親し気に話す彼の姿を、これ以上見ていたくない。

 そう思うのに足は動かず、ここから離れることもできない。

 その場に立ち尽くしていると、ジークベルトと目があってしまう。

 気が付かないでいて欲しかった。彼の反応が怖い。逃げ出したくてたまらない。

 そんな私の気持ちも知らず、彼はぱあっと表情を明るくし、軽く手を振ってから、「おいで」とでも言いたげに手を動かした。


「んん……?」


 なんだろう、私が思っていたような展開……なんというか……修羅場! みたいな感じじゃない。

 ジークベルトは嬉しそうに手を振っているし、目の前に座る女性に私を紹介するような動きもしていた。

 その場で困惑する私と、席を立ち、こちらに向かってくる彼。

 目の前まで来たその人からは、後ろめたさなんて感じられない。


「よく来たね、アイナ。……予定より早いけど、なにかあったのかい?」

「そわそわしていたら、早めに出発してもいいって言われて……。早く着いちゃったから、一人で先に見学してたの」

「なるほどね。よく想像できるよ。疲れただろうし、君も中においで」

「う、うん」


 彼に手を引かれ、店内へ。

 ジークベルトと話していた女性は、立ち上がって私を待っていた。


「こうして顔を合わせるのは初めてだったよね。彼女はリーフェ・カスティリャーノ。僕の母方の従姉だよ」


 ジークベルトの言葉に合わせて、リーフェと呼ばれた女性がスカートの裾をつまみ、優雅に挨拶してみせた。

 私も挨拶を返し、失礼にならない程度にリーフェさんを観察する。

 ジークベルトよりちょっと濃いけれど、彼女も茶髪。

 ふわふわとした髪質は、彼のお姉さんたちによく似ている。

 瞳の色は違うものの、親戚だと言われると、二人が似ているような気もしてくる。


 リーフェさんは3つ上の18歳。

 カスティリャーノ家は学園の近くに屋敷を構えており、ジークベルトのサポートをしているそうだ。

 そういえば、親戚が近くに住んでいるって何度か聞かされていた。

 今日は、従弟の婚約者である私に会うためにやってきたとか。

 年下の婚約者にも会うことになっているけれど、そちらはついでだと笑っていた。

 そこまでわかって、なんだかすごく安心してしまった。

 でも、胸の痛みは残っている。

 

「ここは紅茶も軽食も美味しくてね。是非、君に紹介しようと……。アイナ?」


 口数の少ない私を心配したのか、彼が顔を覗き込んできた。

 

「え? えっと…………ごめんなさい。その……あまり聞いていませんでした」

「なにか悩み事でも? それとも、移動で疲れてる?」

「ええっと……」


 どう説明したものかと思っていると、


「……この場所をアイナ様に紹介する前に、女性目線の評価を聞いておきたかったのですよね。ジークベルトさま?」


 にっこりと微笑んで、リーフェさんがそう言った。


「……アイナ本人には、言わない約束でしたよね?」

「あら、そうでしたか? せっかく二人でいても、あなたは他の女性の話ばかり。そんな失礼な殿方との約束なんて、すっかり忘れておりました」

「殿方って……。僕らは親戚でしょう」

「ええ、そうですね。下見のために使われた、哀れな親戚です。では、こちらも用がありますので、そろそろ失礼します」


 私とはたいして話していないのに、リーフェさんはこの場を離れるつもりらしい。

 親戚二人の会話に割り込んでいけるわけもなく、私は黙って流れを見守っている。


「え、まだアイナと話してな……」


 リーフェさんが、ジークベルトに耳打ちするのがわかる。

 従姉の言葉を聞き終えた彼は、小さく頷く。


「わかりました。今日はありがとう、リーフェ姉さん」


 そのまま、ジークベルトはリーフェさんを見送ってしまった。




「……気を遣わせちゃったかな」


 申し訳ない気持ちでそう言えば、


「……半分正解。二人にしてあげると言われたよ」

「っ……! も、もう半分は?」

「残りの半分は、僕に恩を…………なんでもない」

「恩……?」

「それより、そろそろお腹が空いたんじゃないかな? 君さえよければ、ここで昼食にしようか。少し休んだら、学園を案内するよ。寮以外なら君も入れるはずだから」

「……! うん!」



 ジークベルトが他の女性と二人で過ごし、私には見せない顔をしていた。

 そんな彼を見てしまったとき、私の世界は真っ暗になって、手も足も動かなくなった。

 そこから「お茶もご飯も楽しみ!」「どこを案内してもらおうかなあ」とわくわくした気持ちになるまで、さほど時間は必要なかった。

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