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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
15歳

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3 一緒にいると、美味しいし、心地いい

 更に時は経ち、ついにそのときがやってきた。


「わあ……!」


 ラティウス邸のダイニングにて。

 私の手料理を前に、ジークベルトが瞳を輝かせていた。

 若い二人の邪魔はしないと言って、両親は先に食事を済ませている。


 今日のメニューは、具のない丸いパン、チキンステーキ、ミネストローネ、サラダの4品。

 これらは、ラティウス家総出で話し合って決めたランチメニューだ。

 豪勢とは言えないけれど、最初から難易度の高いものを何品も作ろうとして失敗するよりは……という話になり、失敗しにくいものを、少なめの品数で用意することになったのだ。

 4品を一度にテーブルに並べれば、それなりに見える気がした。


「アイナ、オススメは?」


 彼が声を弾ませる。今のところ、がっかりされてないみたいだ。

 でも、問題は味。逃げたくなる気持ちを抑えつけながら、彼の質問に答えた。


「えっと……チキン、かな……?」

「わかった。じゃあいただくよ」

「う、うん」


 前世では料理なんてほとんどしたことがなくて、アイナとして暮らす今だって、つい最近始めたばかりだ。

 そんな私が、婚約者に手料理を食べさせることになるとは。

 彼はどんな表情をするんだろう。私が作ったご飯を食べて、なんて言うんだろう。

 全く落ち着かなくて、自分の食事に手をつけず、彼の様子をうかがってしまう。

 彼がチキンを一口。

 じっくりとお肉を味わうその人を、祈るような気持ちで見つめていた。


「…………」


 最初の一口は飲み込んだのに、ジークベルトは何も言ってくれない。


「……口に合わなかった?」


 おそるおそる聞いてみると、彼は無言で首を横に振る。

 それから、長く息を吐いた。肺の空気が全部出ていそうだ。


「あの、ジーク?」

「……ごめん。嬉しくて、つい」

「そ、っか……?」

「あ、君が気にしているのは、僕がどう感じているかだよね。もちろん、美味しいよ」

「本当に……?」

「……プロが用意したものとは違うかもしれない。でも、君が作ってくれたって事実が最高のスパイスになるし、それを差し引いたって、すごく丁寧で、美味しくできていると思う。焼き加減もいいし、皮だってパリパリだ」


 そう話す彼は本当に嬉しそうで、とても嘘を言っているようには見えない。

 とにかく褒めればいいと思っているわけでもなさそうで、彼の言葉を信じることができた。

 安心した私もチキンを食べてみる。

 このメニューにすると決めてから何度も練習し、飽きるほど同じものを食べてきた。なのに、これまでよりずっとずっと美味しく感じられた。

 ジークベルトの言う『最高のスパイス』って、こういうことなのかな。


 食事が終わると、彼は「また食べたい……」と可愛らしくお願いしてきた。

 彼の反応に気をよくしてしまった私がオーケーすると、彼は「やった!」と子供みたいに喜んだ。

 ……おねだりするときのあの顔を、狙ってやっているのかと聞く勇気はない。



***



 食休みまで済んだら、二人で庭を散歩した。

 途中、彼が花畑に腰をおろしたから、私も隣に並ぶ。

 柔らかな風を受け、私の髪が揺れる。

 誘われるようにして目を閉じれば、さわさわと葉がこすれる音を拾うことができた。

 次は瞼を持ち上げて、空を見る。

 どこまでも続く水色の中に、白い塊がぽつぽつと。あんまりにもゆっくりと流れるものだから、なんだか眠たくなってきた。


「……あったかい」

「そうだね」


 短く、けれど穏やかにそう言うと、彼は草花でできた絨毯に転がった。

 ……そういえば、小さい頃はここで一緒に過ごすことが多かったっけ。

 あまり来なくなったのは、私が前世の記憶を取り戻してからだ。


 あれから5年。

 前世の年齢に近づいてきて、今の生活を自然なものとして受け入れつつあった。

 けれど、本当にこれでいいのかなって気持ちは残っている。

 私はまだ、自分はアイナ・ラティウスだと胸を張ることができずにいた。

 大学受験直前に人生を終えたときの無念も、心の中でくすぶっている。

 結局、こう生きることを自分で選んだ、自分で決めたんだと思えないと、私の心は納得しないのだろう。


 ……でも、こうしてこの人の隣にいると、ここにいたいって思えてくる。


 ジークベルトが学校に通い始めたら、よくても数か月に一度しか会えないと思っていた。

 そうしたら、今までよりずっと寂しい気持ちになるんだろうなって。そう考えると、怖かった。

 だから、毎月に近いペースで帰ってきてもらえてとても嬉しいし、助かっている。

 そう、本当に嬉しい助かるのだけど……。そうやって頻繁に帰省する彼のことが、ちょっと心配だったりする。


「……ジーク」

「なんだい、アイナ」

 

 すっかり安心した様子のジークベルトが、少し眠そうに私の名前を口にする。

 この人がその手の苦労をするとも考えにくいけれど、万が一ってこともある。

 

「……もしかして、なんだけど」

「うん……?」

「学校より、こっちの方が……地元や実家の方が、居心地がよかったりする?」


 学校に居場所がないのか、と直球で聞くことはできなかった。


「え? うん、まあ……? 君のそばや実家が落ち着くのは確かだけど」

「そう……」

「……アイナ? きみ、まさか……。もしかして、何も伝わって……なかっ……」


 少しの間をおいてジークベルトが起き上がり、私の正面へ移動してから両手で肩を掴んでくる。


「アイナ、よく聞いて。学校に居づらいわけじゃない。僕は、きみ…………と、家族に会いたくて帰ってきてる。学校にも居場所はある。けれど帰ってくる。無理のない程度に。でも、なるべく多く。期間を開けすぎずに。君と、自分の家族に、会うために。わかったね?」


 この人にしては珍しく、ぐっと顔を近づけて必死になっている。

 勢いに押されながらも、


「う、うん……わかった……」


 と返せば、私の肩から手を離してくれた。





「アイナ。また君に会いに来るからね。食事も楽しみにしてる」


 帰り際、彼は私の手をぎゅっと握りながらそう言った。

 この日から、彼の帰省時は私が遅めの昼食を用意するようになる。

 料理に割く時間も増え、めきめきと腕が上がっていくのだった。

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