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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
15歳

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2 きっかけは、1枚のクッキーだった

 休憩も兼ねたお茶会が始まった。

 この人は、帰省時、自分の家よりも先にうちに顔を出す。

 学園からのルート的に、ラティウス邸を先にした方がスムーズに移動できるのだ。

 だからうちが先で、自分の家が後なんだろう。

 

 今は、ちょうどおやつ時。

 朝から移動していたジークベルトのために、お腹が膨れるものも用意している。

 サンドイッチ、スコーンといった軽食に、美味しい紅茶。

 いわゆるアフタヌーンティーに近い。

 美味しいものを食べながら、離れているあいだの出来事を報告し合うこの時間を……私は、好きだなあって……思ってて……楽しみにしていたはず……なんだけど……。


「…………」


 あるものの存在に気が付いてしまい、私の心臓はばくばくと音をたてていた。

 穏やかなティータイムのはずが、嫌な汗が吹き出しそうになってくる。

 どうしてって、昨日の私が焼いたクッキーもテーブルに並べられていたからだ。


 ひと月ほど前から、私は料理に挑戦している。

 メイドが休憩時間に焼いたお菓子をわけてもらって、作り方を教わり、自分でも挑戦してみた。

 それをきっかけに料理に興味を持ち、簡単なものなら作れるようになっていた。

 そうした流れで、昨日も空き時間にクッキーを焼いた。

 

 そのときのクッキーが……何故かジークベルトの前にあった。

 たしかに、「ジークベルト様にお出ししてみては?」と言われたけれど、無理だと断ったはず。

 素人が作ったお菓子を王族に食べさせるとか、なかなかつらいものがある。

 クッキーを口にした彼に「あれ? これだけ美味しくないね」なんて言われたらと思うと……。本当に無理だ。

 彼に食べられる前に、下げてしまおう。

 そう思っていたのに、


「あっ……」


 目の前のその人が、クッキーをぱくっと食べてしまった。しかも、ハートの形にしてあったものを。


「……これ」

「っ……!」


 1枚食べ終えたジークベルトが、なにか言おうとしている。

 どんな言葉が飛び出すのかわからなくて、怖くて仕方がない。


「誰かの手作りかい?」

「えっ、と……」

「こういう、素朴で優しい味のお菓子もいいね。美味しいよ。高級なものとはまた違ったよさがある」

「そ、そう……? そっかあ……」


 美味しい。その一言で、心がすっと軽くなる。

 最初に安心して、次に嬉しさやってきて、そのあとは恥ずかしくなってきた。

 私が望んだわけじゃないけど、婚約者に手作りクッキー……それもハート型のものを食べさせて、美味しいよと笑顔を向けられて……。

 少し俯くと、向かいに座る彼が軽く首を傾げた。


「アイナ? もしかして、これ、君が……?」

「……うん。ジークには食べさせないって言ってあったんだけど……。誰かが勝手に出しちゃったみたいで……」

「えっ……。僕には食べさせないって、どうして……」

「素人の私が作ったものをあなたに出すのはちょっと……。しかも、ちゃんとしたお菓子と並べてなんて」


 ああ、そうだよね。王族相手に出しにくいよね。

 そんな風に返されると思い、笑顔を作って顔をあげる。

 私の視界に入った彼――王族の1人、ジークベルト・シュナイフォードは、


「気にしなくていいから……。素人とか僕の立場とか他と比べてどうとか気にしなくていいから、僕にも食べさせて……」


 そう言いながら片手を額にあて、小さく肩を震わせていた。


「あの、ジーク……?」

「…………クッキー以外にも、なにか作ったりするのかい?」

「う、うん。焼き菓子は何種類か作ったかな……? あとは……丸パンは意外と簡単だったかも」

「他には」

「え、ええっと……? お肉を焼いてみたり……?」


 彼の声は、いつもより低い。

 目の前のこの人は、怒ってるわけじゃない。でも、問い詰められているような気分になってくる。

 彼は額にあてていた手をテーブルにおき、ふう、と小さく息を吐く。


「アイナ」

「は、はい……」

「……僕も食べたい」

「え?」

「僕も、君の手料理を食べたい……」

「で、でも、本当に素人だし、ジークの口になんて合うはずな」

「食べたい。さっきのクッキー、美味しかったよ。大丈夫。口に合う」

「あの」

「アイナ…………」


 黒い瞳を潤ませ、眉を下げ、じいっとこちらを見つめてくる。

 お願い事をする子犬みたいな、弱々しい表情。

 15歳になり、身長も伸び、身体つきもしっかりしてきたと思ったらこれだ。

 子犬とは呼べない見た目になってきたし、女の子みたいな愛らしさも抜けてきた。

 凛々しい男性へと変化しつつあるはずなのに……。きゅう、と寂しげなわんちゃんが背後に見える。


「……その顔、やめ……」

「……ダメ?」

「っ……! …………わかりました。今日はこうして軽食が用意してあるから……次に会うときでいい?」

「!! もちろん。ありがとう。楽しみにしているよ」


 さっきまでしょんぼりしていたはずの彼が、ぱあっと表情を明るくする。

 瞳をうるうるさせた悲し気な子犬から、ちぎれそうなぐらいに尻尾を振る幸せな子に変わった……そんな気がした。

 私は、この表情の変化に弱い。



***



 彼と約束をしたあの日から、数週間。

 ついに、次に会う日が決まってしまった。

 こちらにやってくる日程が書かれた手紙に対して、それで大丈夫だと返事を送った。

 日程的に大丈夫なのは本当だけど、精神的には大丈夫じゃない。


 ジークベルトに手料理を出すことが決まってから、美味しいものを作るために慌てて練習した。

 両親、料理の先生でもある屋敷の料理人、居合わせた使用人などに味見とアドバイスをしてもらい、前よりは腕も上がったはずだ。

 でも、腕が上がったといったって、料理なんてしたことのなかった人が少し練習しただけなわけで……。

 王族の舌を満足させるなんて、できるはずがない。

 ジークベルトは優しい人だから、不味いとは言ってこないと思う。

 でも、美味しいと嘘を言わせてしまうとか、無理に笑顔を作らせたりするのは、なんとなく嫌だ。

 気を遣わせるのが嫌なら、やっぱり無理だと言えばいい。

 ただ、そんなことをしたら、ショックを受けたあの人が「いいんだ……無理を言ったのは僕のほうだから……」としょんぼりする姿が想像できる。


「練習、頑張ろう……」


 断るのも逃げるのも無理なら、なるべく美味しいものを用意するしかない。



 

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