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【本編完結】私の居場所はあなたのそばでした 〜悩める転生令嬢は、一途な婚約者にもう一度恋をする〜  作者: はづも
12歳

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9 取り乱す公爵令嬢

 リディと一緒に会場を抜け出し、安堵から小さく息を吐く。

 ここも庭の一部だけど、会場から離れてしまえば人はほとんどいない。


「ありがとう、リディ」


 助けだしてくれた「友人」にそう伝えれば、彼女はくすくすと楽しそうに笑う。


「アイナ様は、意外と押しに弱いのですよね」

「そ、そんなことは……」

「でも、私が割って入らなかったら、あのまま囲まれていたのでは?」

「……」


 それを言われてしまうと反論できない。


 リディ・カンタールという人は、表ではクールで、なんでもそつなくこなすご令嬢。

 洗練された動作に、気品のある微笑み。

 頭を使うことも身体を使うことも、同年代女子の中では相当にできる方。

 輝く銀髪に金の釣り目が、ちょっと冷たい印象を与える。

 でも、親しい人の前では、こうやって普通の女の子みたいな笑顔を見せてくれる。


「……みんな、アイナ様とお話したかったのでしょうね。ここ数年、あまりお会いできなかったものですから」


 10歳のあのときまで、私には親しいと言える人がいた。

 顔を合わせたときにお話しするぐらいの相手なら、もっとたくさん。

 ……なのに、自分が誰なのかわからなくなってしまった私は、彼女たちから逃げた。

 それでも、たまに現れる私と話そうとしてくれる子もいる。

 特に、目の前にいるリディはそうだ。


「私もお話したいと思っていました。シュナイフォード家でお茶会が開かれると聞いて、アイナ様にお会いできると楽しみにしていたんです」


 そう言って微笑む彼女は、どこか寂しそうで。

 なんとなく居心地が悪くなって、彼女から目をそらす。

 こんな顔をさせたのは自分だって現実を、見たくなかったのかもしれない。


「アイナ様。以前のように一緒に遊んだりすることは……もうできないのでしょうか。私は……またあなたと楽しく過ごせるって……そう思って、ずっと……」

「っ……」


 そこまで話し、リディは俯いた。


 前世と今が混ざってしまった私は、彼女が知っている「アイナ」じゃない。

 なんとなく顔を合わせにくくて、幼い頃からの友人知人との接触を避けていた。

 それに、こうして話すと自分がとてもひどい人間のように思えてきて……どうしたらいいか、わからなくなってしまう。

 10歳の公爵令嬢アイナのことを知らない人、できれば貴族じゃない人と接していたい。

 自宅とシュナイフォード家を往復して、たまに町へ出る。そんな風に過ごしたい。

 ……その方が、楽なんだ。

 でも……。


「リディ、私……」


 言葉を続けようとした、そのとき。


「あ、あっちに行ってくださいまし!」


 女の子の声と、がさがさと葉っぱや木の枝がこすれる音がした。発生源は、すぐ近くの生垣の向こう。

 私とリディが、揃って音のした方を見る。

 もう何も聞こえないし、草木が揺れる様子もない。

 どうしようかと思っていると、リディがすっと動き出し、無慈悲に生垣の裏を覗いた。


「あなた……!」


 リディは、そこにいる人物のことを知っているようだ。

 私もリディに続く。覗いた先には、顔を引きつらせる女の子がいた。

 私より色素の濃い金髪に、瞳は……茶色や黒っぽい感じ。

 会ったことがあるような、そうでもないような……。

 ちゃんと思い出せないけど、ここにいるってことは、彼女もどこかのご令嬢なんだろう。


「立ち聞きなんて、ずいぶんな趣味をお持ちなのね? オルマリアさん」


 オルマリア……。

 ああ、ラウリーニ伯爵家のお嬢さん……かな?

 ちょっときつい女の子だって、どこかで聞いたことがある。

 名前はわかった。けど、私と彼女に交友関係はなかったはずだ。

 私が知る限りでは、リディと仲がいいわけでもない。

 それなのに、なんでこんなところにいるんだろう。


「それで? どうしてここに?」

「っ……!」


 リディが低い声で問いかける。

 身分差に寛容な国とはいえ上下関係はあるし、相手が誰であっても、立ち聞きは褒められたことじゃない。

 リディが冷たくなるのも無理はないだろう。

 ……クールなご令嬢として通っているから、冷たく演じている面もあると思う。


 対するオルマリアも逃げ出さず、気丈にリディを睨み返す。

 無言で睨み合う2人。

 流れに乗り損ねる私。どうしてこんなことに……。

 このままだと、女の子同士の争いが始まりそうだ。

 私によくしてくれるリディと、可愛いお嬢さんが言い合う姿はあまり見たくない。

 他の人もいないし、私が仲裁に入るしか……。


「リディ、オルマリアさん。一度落ち着い、て…………ひっ!? ひゃ、ひゃ、ひっ、ひひっ……」


 ご令嬢だけの空間とは思えない声が響く。声の主は、この場で一番身分が高い私だ。


「アイナ様?」

「むむむむ、むし、むしむし……むし……むしが……」


 むし わりとおっきくて かたそうなやつ

 むしが むしがドレスに むしが

 つの あ つのがはえてる

 りっぱな つの 

 くわ? かぶ? なに?


「あら、先程こちらに向かってきた虫さん……?」

「む、むし、むしむしむし……たす、たすけ……」

「……失礼します」


 ドレスについたむし リディがとった

 とって にがした

 にがした……にがした?


「……ありがとう、リディ。取らせてしまってごめんなさい」

「いえ。アイナ様が正気を失う姿を見るのは久々でしたから、少し面白かったぐらいです」


 リディがしれっと言い放つ。

 虫を取ってくれたことには心から感謝しているけど、こちらは本気で怯えていたのだから、面白がらないで欲しい。

 でも、この場にリディがいてくれて本当によかった……。

 彼女はクールで美しく、知的な雰囲気のお嬢さん。

 冷静な彼女は、虫や爬虫類を掴んで逃がすことだってできるのだ。

 むんずと掴むのは私には無理だから、リディがここにいてくれて本当に助かった。

 面白かったは余計だけど、本当に、本当にありがとう……。

 リディがいなかったら、私はきっと、もっと長い時間を壊れたおもちゃとして過ごしていた。

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