バレンタイン2023 後半 到来するチョコブーム 打ちひしがれる嫁
「ジーク! おかえりなさい」
「うん。ただいま。……僕に渡すお菓子って、これかい? お楽しみにって、このことだったんだね」
思った通り、ジークベルトは既に、私がお菓子作りをしていると知っていたようで。
これは自分用だと信じて疑わない、キラキラした瞳を向けられた。
黒い瞳はこれでもかというほどに輝き、表情どころか、身体全体から喜びがあふれている。
こんなにも嬉しそうにしてもらえると、こちらも作り甲斐がある。
彼の言葉に頷きを返せば、ジークベルトは嬉しさ全開のまま、並べられたお菓子を眺め始める。
ごちそうを前にした、おっきいわんちゃんのようだ。
「空き時間にこんなに作れるなんて、君は相変わらず多才だ。食べるのが楽しみだよ」
そう言うと、彼はまたチョコスイーツへ向き直り、「今から二人で少し食べて……」「夕飯のデザートにも出してもらって……」と、完食に向かった計画を立て始める。
これだけあれば、今日と明日は毎食アイナの手作りデザートが……と呟く彼を見て、私は理解する。
作りすぎちゃったから他の人に配るとか、言えないやつだ。
こんなにもわくわくな人から、一度渡したものを取り上げるなんて、できない。
こうして私たちは、毎食後、休憩ごとに手作りチョコスイーツを食べることになった。
手作りだから早く食べたほうがいいことは、ジークベルトも承知しているようで。
翌日の夜には、きっちり食べきった。
二日間とはいえ、毎回チョコじゃ飽きないかな? なんて私の心配をよそに、ジークベルトはずっと嬉しそうだった。
外出の際には、道中に食べられるようにとチョコチップクッキーを持っていったぐらいだ。
夫婦二人となった部屋で、ジークベルトが最後のクッキーを口にした。
彼はゆっくりとクッキーを味わい、ノンカフェインの紅茶を口にし、満足げに息を吐く。
「ありがとう、アイナ。美味しかったし、嬉しかったよ。きみの作るものは、今も昔もとびきりのご馳走だよ」
「ご、ご馳走だなんて、もう……」
一流のものを口にできる彼からの、嘘偽りのない言葉。
ジークベルトは昔から、私の料理を「美味しい」と言ってくれるのだ。
嬉しくてたまらないのに、恥ずかしさから、つい、ツンとした声を出してしまう。
けれど彼が私の態度を気にする様子はない。照れているだけだと、わかっているのである。
愛おし気に私を見る瞳が、それを物語っている。
ジークベルトは、甘いものも好きなほうだ。
けれど、特別好んでいるとか、目がないとか、そういう人ではない。
二人一緒とはいえ、あれだけの量のチョコスイーツを食べきるのは、大変だったはずだ。
それでも彼は、こうして喜んで食べきってくれる。
作りすぎたと気が付いたときには、どうしようかと思ったけれど。
こんな場面ですらも、ジークベルトにかかれば、愛されていることを改めて感じる機会にされてしまう。
「ジーク。……ありがとう。いっぱい食べてくれて、嬉しかった」
「……僕も、たくさん作ってもらえて嬉しかったよ。ありがとう、アイナ」
額にキスを落とされ、少し顔が離れたら、どちらともなく微笑み合う。
「そうだ。僕からもお礼をしたいな。明日、楽しみにしてて」
そう言って、ジークベルトはちょっといたずらっぽく笑った。
***
翌日、ジークベルトは私へのお土産にチョコを買って帰ってきた。
その次も、そのまた次も、外出するたびにチョコを買ってくる。
私が勝手に実施した日本式バレンタインをきっかけに、シュナイフォード家、チョコブームの到来だった。
国でも有名な一流の職人が作るものから、町のお菓子屋さんのもの、食料品店で買えるものまで。
ジークベルトは様々なチョコレートをプレゼントしてくれた。
量は抑えめにしたものの、チョコまみれになった私は当然のようにぷにっとし、ジークベルトは体型も体重もキープ。
性別、代謝、運動量の違いがこの差を生んだようだった。
打ちひしがれる私を見て、流石のジークベルトもチョコの購入をいったんストップさせて、シュナイフォード家のチョコブームは終了。
ある意味では、とてもバレンタインらしい期間だった。




